3
四日目。
ゲリラ戦の混乱の中で、ヴェルナーは単独で動いていた。
討伐軍の中核部隊——聖騎士団の精鋭五十名——が、偽拠点には引っかからずに帝国の本拠地の方向へ進んでいた。指揮官の質が違う。オルト。ヴェルナーのかつての弟子。偽装工作を見抜くだけの経験と勘がある。
このまま進ませれば、帝国の本拠地が発見される。
ヴェルナーは樹上から地面に降り、街道の真ん中に立った。一人で。黒い鎧。大剣。左頬の刀傷。
聖騎士団の先頭が、百メートル先でヴェルナーを視認した。
隊列が止まった。
先頭から、一人の騎士が進み出た。
白銀の鎧。光の聖剣。若いが、鍛え抜かれた肉体。金茶色の髪を短く刈り、顎に薄い髭を蓄えている。目は師に似て鋭いが、その奥にあるものが違う。師の目には静寂がある。弟子の目には——証明への渇望がある。
聖騎士団筆頭、オルト。
ヴェルナーが騎士団を去る直前まで、五年にわたって剣を教えた直弟子。
二人は百メートルの距離を挟んで立った。
森の木々が頭上で枝を交差させ、木漏れ日が斑模様を二人の鎧に落としていた。風が止まっていた。
「師匠」
オルトの口が、無意識に最初の一語をそう発した。
一瞬の間。
「——いえ。背約者ヴェルナー。あなたを連れ戻すために来ました」
言い直した。しかし、最初の一語は消えない。「師匠」。五年間、毎朝の稽古で発した呼称。身体が覚えている。
ヴェルナーは表情を変えなかった。
「連れ戻す。お前が俺を売ったのだろう」
事実だった。オルトがヴェルナーの「異端審問」を上申し、ヴェルナーは裁判を待たず脱走した。師を売った弟子。その事実は、五年の師弟関係の上に冷たい灰のように積もっている。
オルトの顎が引き締まった。
「師匠を告発したのは、師匠を正道に戻すためです。グレーヴェン殿も言っていた——闇に手を染めた者は、最終的に全てを失うと」
エルザの名がオルトの口から出た。エルザは体制側の知性として、騎士団にも「闇魔法の危険性」を教育していた。正しいと知りながら、体制を守る側に自分の知識を使っていた。
ヴェルナーは何も言わなかった。エルザの名に反応する理由がない。ヴェルナーにとって意味があるのは、目の前の男だけ。
「話は終わりだ」
ヴェルナーが大剣の柄を握った。
掌の古傷が裂け、血が滲み出す。黒みがかった深紅の血液が柄を伝い、刀身を覆っていく。静かに。確実に。
血剣。
オルトが聖剣を抜いた。
白い光が刃を包んだ。しかしその光は——聖剣自身が発しているのではなかった。オルトの足元の草が、わずかに色を失った。木の葉の先端が、ほんの少しだけ萎れた。聖剣の光は、周囲の自然から生命力を吸い上げることで輝いている。
ヴェルナーはそれを見た。
あの辺境の戦場と同じだ。光魔法を大規模に使った跡地。草は枯れ、土は灰色に変色し、小動物の死骸が散乱していた。あの日、ヴェルナーは光の正体を知った。
二人が同時に踏み込んだ。




