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全体集会の直後から、帝国は戦時体制に移行した。
四人の役割分担が、帝国全体の戦争遂行体制にそのまま拡大されている。
ヴェルナーが防衛戦略を立案した。
正面戦闘は選ばない。兵力差が十六倍では、正面からぶつかれば一時間で壊滅する。ヴェルナーの回答はゲリラ戦だった。森の地形を最大限に利用し、少数で多数を翻弄する消耗戦。
「森に引き込む。大軍は密林では展開できない。隊列が伸びたところを分断し、個別に叩く。一度に全滅させる必要はない。進軍を遅延させ、補給線を断ち、戦意を削る」
民兵の配置、偽装拠点の設営場所、退却路の複数確保。ヴェルナーの脳が軍事地図を描いていく。元・第三師団長の戦術頭脳が、初めて完全な形で発揮される場だった。
セレーナが資源配分を最適化した。
食料備蓄の戦時消費計画。民兵の交代要員の確保。非戦闘員の避難経路。武器と防具の追加製造スケジュール。全てが図表として壁に描かれ、日次で更新される。
モルスが防衛設備を増強した。
屍役を通常の二倍に増産。防壁の内外に死体の壁を追加配置。さらに、森の各所に偽の拠点を設営する。煙を上げ、生活の痕跡を残し、討伐軍を分散させる罠。モルスの屍役は命令に従って「人が生活しているふり」をする必要はない——ただそこに「存在」しているだけで、遠くからは人間の集落に見える。
カイが討伐軍の進軍ルートと戦力を偵察した。
三日間の連続偵察で得た情報。討伐軍の内訳、行軍速度、補給体制、指揮系統。カイの報告は精密を極めた。
「指揮はオルト。聖騎士団筆頭。歴戦の軍人だ。勇者リオンは軍の中核にいるが、剣は抜いていない。象徴としての同行だろう。側近のドミニクとヴィクトルも同行。記録係のグレーヴェンも」
最後の名前で、セレーナの指が一瞬だけ止まった。しかし今度は——一拍の沈黙もなかった。
「エルザ。——いいでしょう。彼女が何を考えているか、現時点では判断できません。監視を続けてください」
カイは頷いた。
四人の歯車が、戦争のために回り始めた。
そしてその歯車に連なるように、帝国の全住民が動いていた。ダリオの農業班は収穫を前倒しし、夜明けから日没まで麦と芋を掘り出した。建設班は防壁の補強に取りかかり、モルスの屍役と人間が並んで丸太を運んだ。いつの間にか、屍役と並んで作業することに怯える者はいなくなっていた。世界の真実を聞いた後では、死体が動くことよりも、星が死ぬことの方が遥かに恐ろしい。
訓練を終えた民兵が交代で巡回についた。槍を握る手はまだ硬いが、目は据わっていた。なぜ自分が槍を握っているのかを、全員が理解している。命令されたからではない。自分の畑と、自分の家族と、自分たちが選んだ生き方を守るために。
かつて四人だけの契約だったものが、八十人の国家に適用されている。
理由を知り、根拠を理解し、自分の意志で戦うことを選んだ人間たちが、それぞれの持ち場で歯車を回している。セレーナが設計し、ヴェルナーが守り、モルスが支え、カイが見張る。その構造の上に、八十人の自立した人間が立っている。
それが——悪の帝国の戦争の形だった。
奇跡はない。光はない。あるのは泥と汗と計算と、自分たちの手だけ。
それで——十六倍の軍勢を迎え撃つ。




