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セレーナの分析。モルスの証言。二つの異なる角度から示された真実が、広場に沈殿していた。
しかし、真実が伝わることと、真実を引き受けることは、違う。
セレーナは沈黙した。
沈黙が続いた。十秒。二十秒。
最初に口を開いたのは、ダリオだった。
「なあ——考えてみろ」
ダリオは広場の中央に進み出て、周囲の帝国民を見回した。声は大きくないが、広場の隅まで届く。職人が一つ一つの工程を確認するような、丁寧な声。
「俺たちの畑は、奇跡を使ってない。そうだな?」
周囲が頷いた。当然だ。帝国には光魔法を使える人間はいない。
「俺たちは自分で水路を引いた。自分で魔物を追い払った。自分で種を撒いた。全部、自分の手だ」
農業班の面々が、自分たちの手を見た。泥だらけの、まめだらけの手。
「なのに——俺たちの畑は王都の畑より実りがいい。なんでだ?」
沈黙。
「王都の連中は、全部勇者様にやってもらっていた。水の浄化も、土壌の回復も、魔物の排除も。全部、奇跡で。自分の手でやったことがない。——その結果がどうなった?」
帝国民の中から、声が上がった。
「水が涸れた」。
「土が死んだ」。
「俺たちの町は捨てられた」。
それぞれが、自分自身の経験として語っている。セレーナの分析を鵜呑みにしたのではない。モルスの証言に流されたのではない。自分の体験と、今聞いた真実を、自分の頭の中で接続している。
「つまり——俺たちの方が正しかったってことか?」
若い男の声だった。建設班の一人。元は辺境の農家の息子。故郷の農地が枯れて、ここに流れ着いた。
「この厳しい生活が——泥にまみれて鍬振って、悪魔のルールに従って汗流して——それが、実は世界を壊してなかったってことか?」
広場の空気が変わった。恐怖が引いていく。代わりに、別の感情が満ちていく。
怒り——ではない。
誇り。
自分たちの労働に、自分たちが思っていた以上の意味があった。苦しいだけだと思っていた毎日が、世界を壊さない唯一の生き方だった。
「じゃあ、あの討伐軍は——」
ダリオが静かに、しかし確実に、結論を導いた。
「正しいことをしている俺たちを、潰しに来るんだな」
セレーナが口を開いた。開示の最後の問いかけ。
「あなたたちは、奇跡に戻りたいですか」
広場が静まった。
「楽だが世界を食い潰す道と、厳しいが世界を持続させる道。選ぶのはあなたたちです。私は強制しません。ここを去りたい人は、今日中に申し出てください。引き留めません」
長い沈黙があった。
風が吹いた。木々の葉が擦れ、焚き火の煙が流れた。
ダリオが口を開いた。
「馬鹿言え」
声は低く、静かで、しかし広場全体に響いた。
「俺たちは自分で立つって決めたんだ。今さら勇者様に泣きつけるか」
一瞬の間。
そして——歓声が上がった。
拳を突き上げる者。隣の人間の肩を叩く者。泣きながら笑う者。怒りでも恐怖でもない、何かもっと根源的な力が、八十人の人間の中から噴き出していた。
自分の足で立つと決めた人間が、自分の足で立つ理由を知った瞬間の力。
その歓声の中で、セレーナの目がわずかに揺れた。
揺れの正体を、セレーナは自分で分類できなかった。安堵でも達成感でもない。もっと——名前のない何か。学術院で論文を握りつぶされた日に、二度と感じないと決めた種類の感情が、防壁の向こう側からほんのわずかに漏れ出していた。
しかし今は、それでいい。
今はただ、次の段階に進む。




