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討伐軍の到着まで十日。
セレーナは解析室で、真実開示のシミュレーションを走らせていた。
開示する場合と、しない場合。二つのシナリオの比較。
真実を伏せたまま戦った場合——領民は「管理者の命令」で戦うことになる。命令に従う兵士は、命令の意味を疑い始めた瞬間に瓦解する。十六倍の兵力差の前で、「なぜ自分が死ななければならないのか」の答えを持たない人間は、簡単に逃げる。推定離脱率、四割以上。
真実を開示した場合——領民は「自分たちの生存権」のために戦う。勇者への信仰が破壊され、王国に帰る道が心理的に断たれる。自分たちの労働が世界を壊さない唯一の方法だと認識すれば、戦いの動機は「命令への服従」から「存在の肯定」に変わる。推定離脱率、五パーセント以下。
計算は明白だった。
開示にはリスクもある。真実の衝撃で士気が崩壊する可能性。パニック。逃亡。しかしそれらのリスクを、鍛え上げた領民の「自立」が吸収する。一度は自分の足で立つことを選んだ人間は、真実に耐えうる。セレーナはその耐性を計算に組み込んでいた。
感情で語るのではない。真実を武器に変える。
セレーナは革紙の束を手に取り、解析室を出た。
帝国の全住民が中央広場に集まっていた。臨時の全体集会。通常の週次報告ではない。八十人を超える帝国民が広場を埋め、ざわめきが低く渦巻いている。
戦争が来る——その噂は既に広まっていた。カイの偵察網を通じた情報は四人の会議で処理されるが、防衛訓練の急な強化や、ヴェルナーが防壁の増設を始めたことから、勘の良い者は気づいている。
セレーナが広場の正面に立った。
背後にヴェルナー、モルス、カイ。四人が並ぶことは滅多にない。その異例の布陣が、事態の深刻さを無言で伝えていた。
「全員に報告します。王国が討伐軍を編成しました。兵力は推定五百。十日後にこの森に到着する見込みです」
広場が凍りついた。
五百。帝国の民兵は三十人。戦力差は十六倍以上。周囲を見回す目。隣の人間にしがみつく手。子供を抱き寄せる母親。恐怖が空気を変えた。
「逃げよう」と誰かが叫びかけた。しかし声になる前に、セレーナが続けた。
「逃げる場所はありません」
冷酷な一言。しかし事実だった。帝国の南と東は死の森の最深部。北は王国の領土。西は山脈。逃げた先に、八十人が暮らせる土地はない。
「戦います。しかし、闇雲に戦うのではありません。なぜ戦うのかを、あなたたちに理解してもらう必要がある」
ここでセレーナは一度、言葉を切った。広場を見渡す紫水晶の瞳が、一人ひとりの顔を確認するように動いた。
「理由を知らずに命を賭けることを、私は強制しません。これは契約のルールです。根拠を示し、判断はあなたたち自身に委ねます」
カイとの契約条件。全ての決定の根拠を開示する。それを、帝国の全住民に拡張適用する宣言。ダリオが最前列で小さく頷いた。あのルールを——自分がかつて蹴り、そしてマルコの死を経て受け入れたルールを——今度は八十人全員に適用する。
「これから、世界の真実を話します」




