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情報は、カイの偵察網を通じて帝国に届いた。
王都が討伐軍を編成している。規模は推定五百。指揮は聖騎士団筆頭オルト。勇者リオンが象徴として同行する。出征は十日後。
セレーナは解析室で報告を聞いた。
「予想通りですね」
声は平坦だった。帝国の管理者としての、冷静な分析。
「外に敵を作ることで内部の崩壊を誤魔化している。古典的な政治手法です。しかし——」
セレーナは壁の図表を見た。帝国の成長曲線と、王国の崩壊曲線。
「古典的だからこそ、効果がある。民衆は「悪魔」を叩けば全てが解決すると信じる。勇者の側近たちにとっては一石二鳥です。帝国を潰し、奇跡の限界から目を逸らし、民衆の支持を回復できる」
ヴェルナーが問うた。
「五百か。こちらの兵力は」
「民兵三十人。それと四人」
「正面からやれば全滅する」
「ええ。正面からはやりません」
セレーナはカイに目を向けた。
「カイ。討伐軍の進軍ルートと編成の詳細を、可能な限り把握してください。地形の情報も。ゲリラ戦の設計に入ります」
カイは頷いた。
「もう一つ」
セレーナの声のトーンが変わった。分析から、決断へ。
「領民に真実を伝える必要があります。なぜ討伐軍が来るのか。なぜ勇者の奇跡が弱まっているのか。そして——なぜ私たちの生き方が、世界にとって正しいのか」
モルスが静かに頷いた。
「ようやく、ですね」
セレーナは首を傾げた。
「ようやく、とは?」
「あなたがあの仮説を公にする日が。学術院で握りつぶされた論文の内容を、今度は自分の国民に向けて語る日が。——私はそれを待っていました」
セレーナは一拍だけ黙った。
あの研究室の午後の光。壁一面の図表。封印の紋章。——全てを奪われた場所で生まれた仮説を、今度は自分が築いた国で語る。奪われたものを、取り戻す。
感傷ではない。合理的な判断だ。真実を知った兵士は、知らない兵士より強い。戦う理由を理解している人間は、命令だけで動く人間より粘り強い。
しかし——合理の皮の下で、何かがわずかに熱を持ったことを、セレーナは否定しなかった。
「次の全体集会で、全てを話します」
正義の軍勢が、世界を救うために、世界を終わらせにやってくる。
それを迎え撃つのは、世界で最も合理的な悪党たちと、自分の足で立つことを選んだ民。
戦いの準備が、始まった。




