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翌朝。
ドミニクとヴィクトルが、リオンの私室を訪れた。
二人の顔には、慈悲深い笑みが浮かんでいた。しかしエルザが後方に控えて記録帳を開いた時、その笑みの裏にある計算を、エルザだけが読み取っていた。
「勇者様。辺境に関する重大な報告がございます」
ヴィクトルが口を開いた。
「かねてより監視しておりました辺境の闇の勢力が、勢力を拡大しております。追放された魔女セレーナ・ヴァルモントを首魁とする悪党の集団が、辺境の民を取り込み、王国に反する国家を僭称している模様です」
リオンの眉が寄った。
「悪魔たちが——国を?」
「はい。彼らは闇魔法と死霊術を用い、辺境の無知な民を洗脳して支配下に置いています。勇者様の奇跡が弱まっているのも、この闇の勢力の呪いが原因であることは間違いありません」
「呪い」。
その一語が、リオンの不安を吸い取った。昨夜の花壇。枯れた白薔薇。光が当たった場所だけが死んでいた事実。それらが全て——「呪い」という一語で説明される。呪いのせいだ。僕のせいではない。悪魔のせいだ。
安堵が、リオンの全身を満たした。
「それは——放っておけないですね。みんなを守るために、僕に何ができますか」
ドミニクとヴィクトルが、再び視線を交わした。今度はリオンも気づいた。しかし、その視線の意味を読み取ることはできなかった。読み取る訓練を受けていない。
「討伐です、勇者様。聖なる軍を率い、辺境の闇を浄化する。聖戦です」
聖戦。
その言葉の重さを、リオンは理解していなかった。理解していたのは——「みんなを救える」という部分だけ。悪魔を倒せば呪いが消え、奇跡が元通りになり、みんなが幸せになる。そう信じた。信じることだけが、リオンにできることだった。
「わかりました。僕、頑張ります」
勇者は微笑んだ。善意だけでできた、空洞の笑顔。
エルザは記録帳に、震える手で書き込んだ。
「聖戦決議。討伐対象:辺境の闇の勢力。指揮:聖騎士団筆頭オルト。出征予定日:未定」。
事実を記録するのがエルザの仕事だ。事実。ただの事実。
しかしその「事実」が意味するものを、この部屋でエルザだけが知っていた。
聖戦の実態は討伐ではない。
外に敵を作ることで、内部の崩壊を覆い隠す——古典的な政治手法。ドミニクとヴィクトルは、奇跡の限界を知っている。知っていて、もう一枚カードを切ろうとしている。辺境の「悪魔」を生贄にして、民衆の不安を外に向ける。
そしてリオンは、何も知らないまま、その旗印にされる。
エルザの筆が、記録帳の紙面に小さな染みを作った。
インクの染みではなかった。




