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『追放された悪役令嬢は、最凶の悪党たちと辺境で【悪の帝国】を建国する』  作者: 冷やし中華はじめました
枯れる世界と、自己欺瞞の英雄

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エルザ・グレーヴェンは、夜の執務室で記録帳を開いた。

蝋燭の光が、びっしりと書き込まれた頁を照らす。奇跡の行使記録。日付、対象、効果範囲、持続時間、そしてエルザが独自に推定している「消費エネルギー指数」。

グラフにすれば一目瞭然だった。

効果範囲は半年前の六割に縮小。持続時間は四割に低下。一方、消費エネルギーは一・八倍に増加。同じ量の「奇跡」を起こすのに、以前の三倍のエネルギーが必要になっている。

エルザはこのデータを、誰にも見せていなかった。

ドミニクには月次報告を提出しているが、そこには「効果範囲」と「持続時間」しか記載していない。「消費エネルギー」の列は——エルザだけの帳簿に存在する。

エルザは記録帳から目を上げ、窓の外を見た。王都の夜景。光魔法で照らされた街並み。しかし、以前よりも暗い。光魔法の維持コストが上がっているのだ。星のエネルギーの枯渇は、街灯にまで影響し始めている。

エルザの頭脳は、セレーナと同じ結論に——独力で——辿り着いていた。

奇跡は星の生命力を前借りしている。消費が加速し、供給が減少している。このペースが続けば、星は枯れる。

セレーナが学術院で書いた論文と、全く同じ結論。

あの論文を査読した日のことを、エルザは一日たりとも忘れていない。原稿の束を手にした時の、指先の冷たさ。読み進めるにつれて加速する心臓。第三章の数理モデルに辿り着いた時の、背筋を這い上がった戦慄。

正しい。

この論文は正しい。データも論理も完璧だ。そしてこの結論が正しいということは——勇者のシステムが世界を殺しているということだ。

エルザは不合格の判定を出した。

理由を、今でも正確に言語化できる。

この論文を通せば、セレーナが追放されるのではない。私も追放される。学術院の闇魔法研究部門は全員が粛清される。セレーナには家族——父親がいた。私にも家族がいる。夫がいる。生まれたばかりの娘がいる。この論文を認めれば、全てを失う。

だから黙った。

セレーナは声を上げて追放された。エルザは黙って残った。

あの日から何年経っても、エルザの中でその分岐は消えなかった。同じ知性。同じ結論。違ったのは勇気だけ。勇気を持ったセレーナは森に追放され、勇気を持たなかったエルザは王都の神殿で蝋燭の光の中に座っている。

今朝のリオンの顔が脳裏に浮かんだ。

「呪いの残滓ですか——それなら、もっと頑張って浄化しないと」。

あの純粋な笑顔。あの空虚な目。何も知らない。何も知らされていない。ドミニクとヴィクトルが用意した答えを信じ、もっと奇跡を使おうとしている。もっと星を食い潰そうとしている。善意で。純粋な善意で。

エルザの指が、記録帳の上で止まった。

この子は何も知らない。私と同じだ——いや、違う。

この子は知らない。

私は知っている。

知っていて——黙っている。

エルザは記録帳を閉じた。

蝋燭の炎が揺れた。闇が一瞬だけ広がり、また戻った。

何もしなかった。今夜も。


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