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『追放された悪役令嬢は、最凶の悪党たちと辺境で【悪の帝国】を建国する』  作者: 冷やし中華はじめました
枯れる世界と、自己欺瞞の英雄

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王都ルミナスの朝は、祈りで始まる。

太陽が白亜の尖塔を照らし、神殿の鐘が響き渡ると、市民たちは窓を開けて手を合わせる。光輝の勇者に感謝を捧げる、日課の祈り。

しかし、今朝の王都には活気がなかった。

通りを歩く人の数が減っている。市場に並ぶ食料の種類が半分以下になっている。パンの値段は半年前の三倍。水は配給制に移行し、一世帯あたりの上限が決められている。祈りの声は変わらないが、声の裏にある感情が変わっていた。感謝ではなく、懇願。そしてわずかに——疑念。

勇者リオンは、神殿の奥の間で目を覚ました。

金髪碧眼。白い寝衣。絵に描いたような好青年の寝起きの顔。しかし、その目の下に薄い隈がある。最近、眠りが浅い。

リオンはベッドの縁に座り、両手を見つめた。

指先が、微かに震えていた。昨夜も奇跡を行使した。南部の干上がった貯水池を浄化するために。以前なら掌をかざすだけで水が満ちたのに、昨夜は三度の詠唱を重ねてようやく底に薄く水が溜まっただけだった。

力が落ちている。

リオンはそれを「疲労」だと思っていた。最近は毎日奇跡を使っている。体が休まる暇がない。もっと休めば、きっと元通りになる——

そう思おうとして、昨夜の光景が瞼の裏に蘇った。

貯水池の周囲。奇跡の光が消えた後、地面に目をやると、池の縁に生えていた草が全て枯れていた。褐色の、干からびた草。まるで水分を根こそぎ吸い上げられたかのような枯れ方。

奇跡を使う前には、まだ緑だったのに。

リオンの指先の震えが、少し強くなった。

もう一つ、思い出したくないことがある。

貯水池に向かう途中、街道沿いの村で病気の老女を癒した。奇跡の光が老女の体を包み、咳が止まり、頬に血色が戻った。老女の家族が泣いて感謝した。「勇者様、ありがとうございます」。リオンも微笑んだ。これが自分の存在意義だと感じた。

家を出る時、窓辺に飾られていた野花が目に入った。

花びらが全て落ちていた。茎は黒く縮れ、葉は乾いた紙のように丸まっている。リオンが家に入った時には——咲いていたはずだ。

リオンは目を逸らした。たまたま枯れたのだ。古い花だったのだ。自分のせいではない。

早足で家を出た。振り返らなかった。

* * *

朝食の席で、側近たちが待っていた。

神官長ドミニク。白髪に鷹の目。勇者の「聖約」を管理する最高位の神官。彼がリオンの行動を決め、奇跡の行使対象を選定する。リオンにとっては、物心ついてからずっと傍にいる「導き手」だ。

顧問官ヴィクトル。細身に鋭い目。王国の政治と外交を実質的に取り仕切る男。リオンの「公的な発言」は全てヴィクトルが事前に起草する。

そして——記録係エルザ・グレーヴェン。

栗色の髪を結い上げ、分厚い記録帳を抱えた三十代の女性。地味な服装。目立たない存在感。しかし、その記録帳には勇者の奇跡の全データが時系列で記録されている。効果範囲、持続時間、消費エネルギーの推定値。エルザは側近の中で——おそらく勇者本人よりも——奇跡の実態を最も正確に把握している人間だった。

「勇者様、おはようございます。本日の予定をご報告します」

ドミニクが口を開いた。穏やかな声。しかしその穏やかさの下にある鋼の統制力を、リオンは感じ取れない。感じ取る能力を、十五歳の選定以来の教育で削ぎ落とされている。

「午前は西門広場で市民への祝福の奇跡。午後は東部街道の浄化。夕刻に神殿での祈祷。夜間は——」

「あの、ドミニク様」

リオンが遮った。遮ること自体が珍しい。ドミニクの眉がわずかに動いた。

「昨夜の貯水池の件なのですが。奇跡の後に、周囲の草が枯れていたんです。以前はそんなことはなかったのに——」

リオンの声には不安が滲んでいた。純粋な不安。自分の力が何かおかしくなっているのではないかという、素朴な恐れ。

ドミニクは一瞬だけ顧問官ヴィクトルと視線を交わした。その一瞬を、リオンは見逃した。しかし——テーブルの端に座るエルザは、見ていた。

「ご心配には及びません、勇者様。辺境に巣食う闇の勢力——追放された悪魔たちの呪いが、大地を蝕んでいるのです。あなたの奇跡がそれを浄化した際に、呪いの残滓が草を枯らしたのでしょう」

滑らかな回答だった。準備されていた回答。リオンが不安を口にすることは想定済みで、答えは既に用意されていた。

リオンの表情が、安堵に変わった。

「そうですか——呪いの残滓。それなら、もっと頑張って浄化しないと」

「その通りです。辺境の悪魔どもを放置すればするほど、呪いは広がります。勇者様の奇跡こそが、この世界の唯一の希望なのです」

リオンは微笑んだ。善良な、曇りのない笑顔。自分が世界を救っていると信じる青年の、透き通った目。

その目の焦点が、どこにも合っていないことに、リオン自身は気づいていない。


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