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建国から四十日。
悪の帝国は、その名に似合わぬ速度で成長していた。
窪地を中心とした拠点は、もはや「拠点」の域を超えていた。三重の防壁の内側に、八十人を超える人間が暮らしている。最初の四十二人に加え、その後も辺境から流入し続けた難民を受け入れた結果だ。全員が同じ条件を突きつけられ、同じ選択を迫られた。働くか、去るか。ほとんどが残った。
農地は三区画にまで拡大し、最初の本格的な収穫を迎えていた。モルスの堆肥化技術で改良された土壌は、森の外の荒れた辺境よりも遥かに肥沃で、播種から収穫までの期間が通常の七割で済む。食料備蓄は百二十日分を超えた。もはや飢餓の危機はない。
防衛は民兵制に移行していた。ヴェルナーが訓練した三十人の民兵が、三交代で防壁の監視と森の巡回を担当する。全員が槍と盾を扱え、五人一組の連携戦術を習得している。小規模な魔物の襲撃であれば、ヴェルナーが出るまでもなく民兵だけで対処できるようになっていた。
通貨は存在しない。代わりに労働ポイント制が稼働している。各人の貢献度を日次で記録し、週次の全体集会で開示する。農業、建設、防衛、偵察、インフラ維持——それぞれの部門が生産した成果を横断的に比較し、資源の再配分を毎週更新する。
全体集会の進行役は、ダリオだった。
農業部門の長に就任した元靴職人は、セレーナから学んだ透明性の原則を忠実に実行していた。生産量の報告、消費量の推移、備蓄の増減、防衛出撃の回数と戦果。全てを口頭で——彼は読み書きがあまり得意ではないので、覚えた事実を暗唱する形で——住民に伝えている。
「先週の収穫量は前週比で一割五分増。備蓄は百二十三日分に到達。防衛出撃は二回。負傷者ゼロ。以上だ」
報告を終えたダリオの顔には、かつて「あの女は俺たちの名前すら覚えてないだろう」と叫んだ男の影はなかった。代わりに、自分の仕事に責任を持つ人間の厳しさがある。
セレーナは集会の後方で聞いていた。
口を挟まない。ダリオが報告を間違えた時だけ、後で個別に訂正する。集会の場で公開処刑のように指摘することは、人間関係の設計として非効率だ。ダリオの権威が損なわれれば、農業部門の士気が下がる。
帝国の内側は、回っている。
問題は、外だった。




