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マルコの死は、難民キャンプの空気を変えた。
勝利の余韻はとうに消えていた。祈りへの縋りも沈黙した。残ったのは飢えと恐怖と、圧倒的な無力感だった。
マルコの遺体の前で、ダリオは立ち尽くしていた。
同業者だった。王都では隣の店。マルコの靴は丁寧な仕事で、ダリオが若い頃に技術を盗もうとしたこともある。無口で、気難しくて、しかし仕事に誠実な老人だった。
その老人が、暗闘の中で、一人で死んだ。
腹が空いて、寒くて、おそらく食べ物を探して外に出て——誰にも気づかれないまま。
ダリオの息子トーマが、父の手を引いた。十歳の少年の目に涙はなかった。代わりに、恐怖があった。
「父ちゃん。俺たちも、こうなるの?」
その問いが、ダリオの胸を貫いた。
祈っていても死ぬだけだ。
あの銀髪の女は——セレーナは——無償で助けるとは言わなかった。「働く者には食料と安全を保障する」と言った。取引だと言った。
ダリオはあの条件を蹴った。数字で人を語るなと叫んだ。石を投げた。
その結果が、マルコの死だ。
あの女のルールに従えば、少なくとも——食える。防壁の内側にいれば——死なない。
悪魔のルールだ。冷たくて、非人間的で、数字だけが全てで、名前を覚えてもらえない——そんな場所だ。しかし。
しかし、ここで祈っていても、マルコのように死ぬだけだ。
ダリオは目を上げた。
防壁が見えた。朝日を受けて、丸太の壁が黒く聳えている。壁の上に人影はない。しかし壁は確かにそこにある。あの壁の内側には、食料があり、水があり、屍役が重労働を担い、暗黒騎士が魔物を斬り、暗殺者が敵を監視し——銀髪の女が、全てを数字で設計している。
冷たい。だが、回っている。
祈りは温かかった。だが、何も動かさなかった。
ダリオはトーマの手を離し、キャンプの中央に立った。
「みんな、聞いてくれ」
六日前とは違う声だった。六日前は怒りに燃えていた。今の声には——怒りではなく、覚悟がある。
「マルコじいさんが死んだ。みんな知ってるな。あの人は、俺と同じ靴職人だった。いい仕事をする人だった」
沈黙が応えた。
「俺たちは、あの拠点を出て六日になる。食料はない。水は川まで歩かなきゃいけない。森には魔物がいる。そして——祈っても、勇者様は来ない」
最後の一文が、空気を変えた。
「勇者様は来ない」。
全員がそれを知っていた。四日間祈り続けて、何も起きなかったのだから。しかし、声に出されたのは初めてだった。
「俺は間違ってた」
ダリオの声が震えた。しかし目は揺れなかった。
「あの女に石を投げて、条件を蹴って、祈れば何とかなると思ってた。ならなかった。マルコが死んだ。——俺のせいだ」
誰も反論しなかった。
「あの悪党どものルールは厳しい。冷たい。だが——あのルールに従えば、食える。戦い方を教えてもらえる。壁の中にいれば、マルコは死なずに済んだ」
ダリオは防壁の方を向いた。
「俺は行く。条件を呑む。働く。戦い方を教えてもらう。——ついて来たい奴は、来い」




