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決定的な火種は、些細なことだった。
ある朝、メイラ——ダリオの七歳の娘——が、農地の脇で泣いていた。
屍役が彼女の目の前を通ったのだ。角猪の死骸を再利用した作業体。巨大で、臭くて、目が動かない。七歳の子供にとっては怪物そのものだった。メイラは泣きながら父親にしがみつき、「あのおばけ、こわい」と繰り返した。
ダリオの中で、何かが切れた。
娘を怖がらせるものが、毎日、すぐそばで動いている。それを「合理的だ」「効率的だ」と説明されても、父親の感情は論理で鎮まらない。
その夜、ダリオは決断した。
居住区の中央で、声を上げた。
「みんな、聞いてくれ。俺はもう限界だ」
二十人以上の難民が集まった。全四十二人の半数以上。
「俺たちは毎日働いている。言われた通りに。日の出から日没まで、泥にまみれて、汗を流して。それでも食料は最低限の配給だけ。子供たちは薪拾い。妻たちは朝から晩まで炊事洗濯。そしてあの——あの化け物が、毎日毎日、死体を動かして俺たちの隣を歩いている」
言葉が熱を帯びていく。
「あの銀髪の女に、俺たちの気持ちがわかるか? あの女は数字しか見てない。俺たちの名前すら覚えてないだろう。俺たちは——俺たちは人間だ。数字じゃない!」
「そうだ!」「その通りだ!」。声が上がった。
「明日、あの女に要求を突きつける。税をなくせ。労働時間を減らせ。あの死体の化け物を追い出せ。俺たちを人間として扱え!」
歓声が上がった。暗い居住区の中で、怒りと鬱憤が一つの塊になって燃え上がった。
その歓声を、木の上から一つの影が聞いていた。
カイは何も言わなかった。灰緑色の目が、二十人以上の顔を一人ずつ記録した。誰が最初に声を上げたか。誰が最も激しく賛同したか。誰が黙って見ているだけだったか。
そしてセレーナの解析室に降り、報告した。
「明日、ストライキが来る。中心はダリオ。参加者は二十人以上。要求は三つ。税の撤廃、労働時間の削減、屍役の排除」
セレーナは図表から目を離さなかった。
「……想定通りですね」
「対処は?」
「明日、彼らの要求を全て聞きます。そして、全てに数字で回答します」
カイは黙って頷いた。セレーナの計画を問い詰める必要はない。根拠は明日、全員の前で開示される。それがこの契約のルールだ。




