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難民が来たのは、セレーナの予測より四日早かった。
カイの監視網が、森の外縁部で人間の集団を捕捉した。セレーナが外挿曲線を修正する間もなく、ヴェルナーが防壁の上に立ち、モルスが屍役を拠点の外周に配置した。
森の入口から、人々がよろめきながら現れた。
四十二人。男女ほぼ同数。子供が七人、老人が五人。多くが痩せ細り、泥と汗に汚れた服の裾からは、ぼろ布を巻いただけの素足が覗いている。何日も歩き続けた疲労と飢えが、彼らの目から一様に光を奪っていた。
先頭に立つのは、日に焼けた四十代の男だった。職人の手をしている。太い指に、長年の使用で角質が硬くなった掌。元は何かを作る仕事をしていた人間だ。
男が拠点の防壁を見上げた。丸太と屍役が築いた壁。壁の上にはヴェルナーが仁王立ちし、黒い鎧と大剣のシルエットが朝日を背にしている。その脇には、灰色のローブを纏った異形がゆらりと佇んでいる。
どう見ても、善意の歓迎ではなかった。
男は怯んだ。しかし、背後にいる四十一人の——家族の——視線を感じ、前に進んだ。
「お、お願いです——」
男が膝をついた。それに続くように、難民たちが次々と地面に崩れ落ちた。膝をつき、頭を下げ、あるいは泣き始めた。
「助けてください。私たちの村は、水が涸れ、畑が枯れて、もう暮らせなくなりました。勇者様の恵みが届かないこの場所でもいい。どうか——どうか、私たちを哀れんでください」
哀れんでください。
その言葉を、セレーナは防壁の内側で聞いていた。
カイはセレーナの隣にいた。防壁の隙間から難民たちを観察している。暗殺者の目が、一人ひとりの身なりと体格と手の形を記録していく。武装している者はいない。間諜の可能性がある者も——今のところは——見当たらない。
カイが小さく呟いた。
「……自分で食料を確保する技術も意志もない連中だ」
冷たい言葉だった。しかしそこに軽蔑はなかった。カイの灰緑色の目は難民たちの顔を一人ずつ舐めるように見ていたが、その視線には侮蔑も同情もなく、ただ査定の温度だけがあった。使えるか、使えないか。それだけを計っている目。
「カイ。あの先頭の男について何かわかりますか」
セレーナが訊いた。
「手の形から見て職人。靴か革細工。筋肉のつき方は肉体労働に耐えうる。目は虚ろだが、周囲に気を配っている。群れの中で自発的に先頭に立った——リーダー気質がある。年齢は四十前後。妻子がいる。たぶん後ろの列の女と子供二人」
十秒の観察で、これだけの情報を引き出す。カイの偵察能力が、ここでは戦場ではなく「人事評価」に転用されていた。
「使えそうですか」
「……動機さえ与えれば、動く。待ってるだけの連中の中では、まだましな方だ」
セレーナは頷いた。
防壁を越えて、セレーナが難民の前に姿を現した。
銀灰色の髪。紫水晶の瞳。端正だが冷ややかな顔。黒を基調とした実用的な装束。素手。手袋はもうしていない。
先頭の男——後にダリオと名乗ることになる男——が、セレーナを見上げた。
「あ、あなたがここの……」
「セレーナ・ヴァルモント。この拠点の管理者です」
名乗りは簡素だった。肩書きは「管理者」。為政者でも支配者でもない。
「お願いです。どうか私たちを——」
「回答は明日の朝に行います」
セレーナはダリオの懇願を遮った。
冷酷に見えただろう。飢えた難民が目の前で泣いているのに、即座に助けの手を差し伸べず、「明日」と告げる。勇者ならば——リオンならば——「もちろん助けます」と微笑んだだろう。奇跡の光で食料を出し、傷を癒し、涙を拭っただろう。
セレーナにはそれができない。物理的にも、原理的にも。
闇魔法は「無から有を生む」ことができない。食料を魔法で出すことはできない。あるのは「既にあるものを再配置する」力だけだ。そして再配置の最適解を出すには、まずデータが要る。
「今夜は森の入口の広場で待機してください。火と水は提供します。食料については——」
セレーナはモルスに目配せした。モルスが前に出て、ローブの下から乾燥させた木の実と魔物の干し肉の包みを差し出した。一晩分の最低限の食料。備蓄から計算された、拠点の運営に影響を与えない範囲の量。
難民たちは包みを受け取り、しかし安堵はしなかった。助けてもらえるのか。追い返されるのか。殺されるのか。何もわからないまま、森の入口で一夜を過ごすことになる。
ダリオがセレーナの背中に問いかけた。
「なぜ——なぜ今すぐ助けてくれないんですか」
セレーナは振り返らなかった。
「根拠のない判断はしないからです」




