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『追放された悪役令嬢は、最凶の悪党たちと辺境で【悪の帝国】を建国する』  作者: 冷やし中華はじめました
正義の代償と、押し寄せる難民

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カイが三日ぶりに拠点に戻った。

長距離偵察。拠点の監視網を超えて、森の外——辺境の集落地帯まで足を伸ばしていた。契約の取り決めでは、週に一度は外界の情報を収集することになっている。カイの諜報は帝国の「目」であり、四人の意思決定を支える情報基盤だ。

解析室に入ったカイは、壁の図表を一瞥してからセレーナに向き直った。

「三つ報告がある」

前置きのない、最小限の言葉。カイの報告はいつもこうだ。余計な修飾はつけない。事実だけを、優先度順に並べる。

「一つ目。辺境の農村が三つ、放棄されていた。住民はいない。畑は枯れている。水路が涸れたのが原因だと思われる」

セレーナの予測通りだった。勇者の奇跡による星のエネルギー消耗が、辺境の水源に影響し始めている。

「二つ目。放棄された村の住民は南へ移動した形跡がある。ただし、南の集落も似た状態だ。玉突きで人が動いている。最終的に行き場を失った連中が、死の森の方角に流れ始めている」

セレーナは図表に視線を走らせた。

「どれくらいの規模ですか」

「今のところ数十人。だが、増える。南の三つの村だけじゃない。もっと広い範囲で同じことが起きている。王都から離れるほど状況がひどい。中心部は奇跡で保たれているが、辺境は切り捨てられている」

奇跡の効果範囲が収縮している。限られたエネルギーを王都周辺に集中させるために、辺境への配分が削られている。体が冷える時、末端の指先から壊死が始まるのと同じ構造。

「三つ目」

カイの声のトーンがわずかに変わった。事実の報告から、「分析を含む報告」へ。

「王都の動向を探った。勇者の側近に、学術院出身の記録係がいる。あんたと同期だったらしいな」

セレーナの手が、図表に向けて伸ばしかけたまま、止まった。

一瞬だった。一瞬だけ、指先が動きを止め、次の瞬間にはもう動いていた。しかしカイはその一瞬を見逃さなかった。暗殺者の目は、人間の反応速度のわずかな乱れを捉える。

「……エルザ・グレーヴェン。ええ、知っています」

セレーナの声は平坦だった。しかし、カイには——あの一拍の沈黙を読める人間には——その平坦さの裏側が透けて見えていた。

「彼女は私の論文の査読者でした。内容が正しいと知った上で、不合格の判定を出した人間です」

「つまり敵か」

暗殺者の質問は単純だ。敵か、味方か、どちらでもないか。生存計算に必要な分類。

セレーナは少し間を置いた。

「……敵とは違います。臆病者です」

その言葉を口にした瞬間、セレーナ自身が微かに驚いた。「臆病者」。怒りでも軽蔑でもない。ただの診断。正しいと知りながら声を上げなかった人間への、正確な分類。

カイは黙って頷いた。敵ではない。しかし信頼もできない。そういう存在は、暗殺者の世界では最も厄介な部類に入る。計算に組み込めないからだ。

「監視対象に入れておく」

「お願いします」

報告が終わり、カイは解析室を出ようとした。

出口で立ち止まり、振り返った。

「あと一つ。俺の予測だが——難民が来るのは、たぶんあと一ヶ月もかからない」

「私の計算では三週間です」

「……大差ないな」

カイは去った。足音はなかった。


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