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『追放された悪役令嬢は、最凶の悪党たちと辺境で【悪の帝国】を建国する』  作者: 冷やし中華はじめました
敗北からの教訓と、対等の契約

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契約が成立した瞬間に、空気が変わった——などということは、なかった。

ヴェルナーは依然として寡黙で、カイは依然として木の上にいて、モルスは依然として菌類を観察していた。友情も連帯感も生まれていない。当然だ。これは感情の契約ではなく、合理性の契約なのだから。

変わったのは、一つだけ。

セレーナが口を開いた時、三人が聞いた。

「最初の議題です。次のスタンピードまでに生存拠点を再構築する方法を決めます。各自の専門から意見を」

命令ではない。議題の提示。意見を求める形式。

ヴェルナーが最初に発言した。

「防衛ラインの設計が甘い。昨夜の拠点は外周が薄すぎた。魔物の侵入角度を三方向に限定できる地形に移るべきだ。この最深部の南東に、崖と川に挟まれた窪地がある。あそこなら侵入路は北側の一本だけになる」

セレーナはアナライズでその地形を確認した。ヴェルナーの言う通りだった。防御に適した地形。昨日の自分なら、この意見を「助言」として受け取り、最終判断は自分で下していただろう。今は違う。軍事判断はヴェルナーの専門領域だ。

「防衛ラインの配置はあなたに一任します。拠点の位置もあなたの判断で」

ヴェルナーは——ほんの一瞬だが——意外そうな顔をした。本当に口を出さないのか。言葉通りなのか。その疑念がまだある。しかし、ひとまず頷いた。

モルスが続いた。

「資源循環のインフラを提案します。まず、食料保存。私の腐食抑制で有機物の分解を停止できます。木の実、魔物の肉、食べられる菌類。全て腐敗を止めて備蓄可能にする。次に廃棄物処理。排泄物と残飯は私の腐食促進で即座に堆肥化し、土壌に戻します。三番目に、建材。屍役が重労働を担います。伐採、整地、基礎工事。生身の人間は危険な作業をしなくて済む」

合理的な提案だった。しかしセレーナは一点だけ確認した。

「屍役に使う死体はどこから?」

「この森には魔物の死骸が豊富にあります。昨夜のスタンピードの副産物ですね。加えて、ヴェルナーが今後倒す魔物も素材になる。循環です」

ヴェルナーが倒し、モルスが再利用する。昨夜のスタンピードで偶然発生した連鎖を、今度は意図的に組み込む。

カイが木の上から声を落とした。

「敵の接近ルートの偵察計画を出す。この最深部から半径二キロに監視網を張る。俺が巡回する範囲と頻度を決める。それと——あの波。昨夜、魔物が暴走する前に動きの異変があった。あれを次も捕捉できれば、三十分前に警報が出せる」

「カイの早期警戒と私のアナライズを連動させれば、予測精度は上がります。魔物の行動異変を察知した時点で私に報告してください。波形を解析して、到達時刻と規模を推定します」

「了解。報告ルートを決めておく」

わずか一時間の議論で、拠点の再構築計画が完成した。

前回のセレーナ単独の計画と比較して、防衛力は三倍、食料備蓄の持続期間は四倍、早期警戒の範囲は五倍。しかも各自の負荷は前回より軽い。専門家が専門領域を担当することの効率は、セレーナの計算を上回っていた。

歯車が噛み合うというのは、こういうことか。

セレーナは内心で感嘆した。表情には出さなかったが。

さらにセレーナは、もう一つの提案を出した。

「バックアップ体制を策定します」

三人の目がセレーナに向いた。

「誰か一人が倒れても、残り三人で拠点を維持できる緊急体制を事前に決めておきます。ヴェルナーが倒れた場合。カイが倒れた場合。モルスが離脱した場合。そして——私が倒れた場合」

最後の一つで、ヴェルナーが目を細めた。

「自分が倒れることも計算に入れるのか」

「当然です。対等の契約とは、誰もが欠けうることを前提にした設計です。私だけが不可欠な存在であるような構造は、脆い。私が死んでも回る仕組みでなければ意味がない」

セレーナの言葉に、モルスが初めて——はっきりと——感心した声を出した。

「これは驚きました。自分の代替手段を自分で設計する為政者は、私の知る限り初めてです」

「為政者ではありません。契約者です」

セレーナは即座に訂正した。言葉の一つ一つが、構造を定義する。「為政者」と呼ばれた瞬間に上下関係が生まれる。それは許さない。

四パターンの緊急体制が策定された。ヴェルナーが倒れた場合はモルスの屍壁で防衛を持たせ、その間にカイが撤退ルートを確保する。カイが倒れた場合はセレーナのアナライズで偵察を代替し、ヴェルナーが近距離の警戒を担当する。モルスが離脱した場合は全員が手作業でインフラを維持し、食料保存は燻製と塩漬けに切り替える。セレーナが倒れた場合は——三人がそれぞれの判断で行動し、合流地点だけを事前に決めておく。

対等の契約とは、華やかなものではなかった。

それは「誰もが倒れうる」という冷徹な前提の上に組まれた、生存のための設計図だった。


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