魔王
魔王ーー
それは、どの世界においても、悪の象徴。
この世界からしても、魔法が使えなくなる土地は悪そのものだ。
その悪を打ち果たさんとするのが、エテロネア帝国。
神エテルネスの血を継ぐ者を自称した、初代皇帝の時代から教会と貴族の対立は深かった。
教会にしてみれば、政権を握る貴族たちが魔王であったわけだ。
僕の使う治癒魔法、リェレンの不可思議な力を証拠に僕らを隣国ヒラルトスで生まれた神の血を継ぐ勇者とし、偽物である帝国の権力者たちを軒並み倒す。
ヒラルトスの支配を山脈以北の帝国領にまで広げ、そこの自治権を教会が得る。
ヒラルトスは山脈の資源を得る。
それがすべて終われば、僕らは…。
目の前で薄ら笑いを貼り付ける司祭を睨む。
もしかすれば、事が終わる前に僕らを始末する、なんてこともあり得る。
魔王は、魔法を使うことの副産物。
そして魔法は、人にとってそこにあって当たり前のもの。
世界は、どうせ魔王に飲み込まれる。
だが、これをうまく使えば、もしかしたら…。
そんな妄想が頭のなかに溢れてきた。
「ハッ。」
思わず笑いがこぼれた。
いいじゃないか。
僕らだって、魔王になれる。
世界を、壊してみせようじゃないか。
僕を見つめるリェレンとカルラの顔は、どんな表情を浮かべていたのか、僕にはわからない。
けれど、2人にはないもの。
希望が、確かに僕のなかに生まれていた。
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「到着です。」
司祭の男は、私たちの拘束を解いて、馬車から降ろした。
とても大きな建物が、私たちの前にあった。
男に捕まってから、2日近くが経過していた。
その間に知ったことを整理するには、私の頭は小さかった。
この建物も、前までなら感動していたんだろうな。
動かない心に、それでも絶望だけは感じる。
ユージは、変わってしまった。
私がダンジョンの依頼を受けたいと言ったばっかりに。
教会に行ったあともおかしかった。
急に世界の秘密を語りだした。
確かに、魔法の代償が精霊であることは、私もカルラも知っていたけれど、それが魔王誕生の引き金になっているなど、誰が想像しただろう。
馬車のなかでも、急に笑いだしたかと思えば、司祭の提案、命令に素直に従うことを選んでしまった。
しかし、それに反対するほどの元気を、私もカルラも、もう持っていなかった。
◆
「ユージさんには、多少剣術を習得していただきます。短剣では英雄感がないですからね。」
この大きな建物はヒラルトス大公国の公主邸であるらしく、数多くのヒラルトスの兵士や公主の付き人が行き交っていた。
ユージが英雄となって、ヒラルトスと教会、エテロネア帝国の市民を導くらしい。
確かに彼なら多くの人がついて行ける。
私には、英雄や勇者なんて、過ぎた役目だったんだ。
兵士の男と話しながら遠ざかる彼の背中を見送る。
カルラは女の仕事を、私は礼儀作法をそれぞれ指導されることになった。
この計画における私たちの役目は、ただユージの横でニコニコ立っているだけ。
私には、何もできない。
よくよく考えれば、普段からユージに色々させてもらえていたんだ。
1人でいると、しゃべる気力もわかない。
今目の前にいる礼儀作法の教師、彼女の言葉も、私の耳には届かなかった。
ただ、無力感に打ちひしがれ、揺らぐような足元に、立っているのが精一杯だった。
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司祭の話を聞いて、ある程度は理解していた。
私にできること、私がすべきこと。
何もない、ただ何もしないこと。
ユージがしたいと言えば、何でもすること。
別に、教えてもらわなくたってわかっている。
私には、レンやユージと違って特別な力がない。
だから、2人を支えられれば、それだけでよかった。
私たちの冒険に意味がなかったとしても、3人でいれたなら、何も望むことなどなかった。
なのにーー
「あなたは役に立てないのだから、せめてーー」
指導役の言葉が刺さる。
2人にも、そんなふうに思われていたのだろうか。
役立たず、不良品、使い捨て…。
すごいなぁ…。
こんなに人の言葉は、人のこころに刺さるんだ。
胸の中がズキズキ痛む。
指導役の言葉が、私の耳には、魔王の言葉に聞こえて、仕方がなかった。
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「ユージさん…。」
指導役の男は、がっかりしたような声を出す。
「教えたとおりに動いてくださいよ。腰が引けてたら何にもできませんよ?」
先程から同じ指導を何度も受けている。
しかし、剣術は僕には必要ない。
「だって、僕治癒術士だし…。」
教会の計画でも、それが何より大切な要素だったはずだ。
「それを公表することのメリットが、果たしてどれだけあるかですがね…。」
あきれたような声で男は言う。
確かに、その公表には市民の支持以外の恩恵は見込まれない。
計画が上手く行ったとして、南部に残るエテロネア、西部のエデアランドに狙われないわけもない。
だが、世界を変えるのは、いつだって多数派のはずだ。
専制と言われるほど、数には力がある。
そのためには…。
「治癒魔法以上の武器を、扱えますがね。」
必ずしも僕である必要はない。
精霊の真実を、世界の秘密を、リェレンに知らせることができたなら…。
男を見て、笑って言う。
「世界を変えるほどの、ね。」
教会、ヒラルトス、そして、僕。
それぞれの革命の準備は、着々と進んでいった。
果たして、魔王は、世界を救う英雄は、誰なのか。
その答えを知るものは、まだ誰もいない。




