本当はずっと
カブの収穫は得意だ。
1週間そればかりして過ごした時期があるくらいだからな。
根元から持ち上げて、まっすぐ引き抜く。
案外気持ちがいい。
普段なら、誰かしらおしゃべりの相手がいたのだが、今日はいない。
「寂しいっなっ!」
引っこ抜くタイミングを合わせるために、そんな気持ちを声に出す。
返ってくる声はない。
ー本当に。
「寂しいな。」
カブを抜く手を止め、僕は小さくつぶやいた。
◆
「はい、報酬の400ペリルです。」
元々の貯金が2,000ペリルと少し。
色々あって今2,200ペリル。
ほぼ変わっていない、ということは、やっぱり足りない。
せめてあと1,000ペリルは欲しい。
馬橇の代金はウバラフまでで3人3,000ペリル。
普通の道より1,000ペリル、5,000円くらい割高だ。
ーやっぱり、行くしかないのか?
『新たに発生したダンジョンの調査 600+300ペリル』
昨日の段階では2人から猛烈に止められた。
ダンジョンを舐めているわけではないが…。
そういえば、初めてダンジョンに潜ったときは知らん人の即席パーティーだったな。
あのおっさんはランク2を自称していた。
僕はまだランク4。
あと一ヶ月ほど冒険者を続ければランク3に昇格だ。
そんな段階でも即席パーティーを作っていいのか?
…いや、やめておこう。
あの2人以外とパーティーを組むのは危険が伴うし、何より僕がもうあの2人以外と組みたくない。
焦るようなことは何もないし、リェレンの体調が戻るまでじっくり貯蓄できればいい。
明日リェレンが治っていても依頼は受けさせない。
大事を取る。
僕だけでこなせる仕事はないかな〜。
『木こり 250ペリル』
見覚えのある、依頼を見つけた。
◆
「体調はどう?」
宿に帰り、リェレンの部屋へ向かった。
「風邪だって。ぐっすり寝てる。」
カルラは僕を部屋に入れようとしたが、女子の部屋にはいるのは、なんだか気が引けた。
「カルラは体調どう?ご飯は?なんか買ってくるよ。」
ドアのところで立ち止まって、部屋の中のカルラへ聞く。
「ん〜、黒パンサンド買ってきて。あとレンには消化にいいもの、だって。」
「分かった。」
そう言って部屋の扉を閉めた。
ーなんでだ?
いつも野宿していたときはリェレンの寝姿を見ても何も思わなかったのに、なぜ今になっていしきしはじめたのか。
「やめよう。」
このネタは踏み込めば深みにハマる気がした。
◆
「消化にいいもの、ですか?」
パン屋で黒パンサンドを買って、ついでに店員に消化にいいものを聞く。
「麦粥、とかですかね?」
お粥の麦バージョンか?
とりあえず店員に教えてもらった通りの材料を買い集めた。
暖炉に手作業で火をくべて、新しく買ったお鍋で材料をとりあえず煮込む。
「意外といけるな。」
麦を食べる、という経験に覚えがないのでどんな味が想像もできなかったが、味見してみるとこれが案外いける。
元々持っていた木製のお椀に盛り付けて、リェレンの部屋へ運ぶ。
「カルラ?黒パンサンド買ってきた。レンにも消化にいいものあるよ。」
ー返事がない。
部屋の番号を確認する。
もう一度声をかける。
しかしやっぱり返事はない。
ー寝たなこれ。
少々気が引けるが、扉を開ける。
なるべく2人の寝姿は見ないようにして、サンタさんの如くプレゼントを残して部屋を出た。
2人のいない1日は寂しいし少し大変だったけれど、いい休息になっならーー
「いっか。」
僕は自室のベッドに横になって、静かに目を閉じた。
◆
ーユージ?ユージ?
部屋の外から聞こえる声に、目を覚ました。
いつの間にか寝ていた。外はもう真っ暗だった。
「ユージ。」
リェレンの声だった。
慌てて体を起こして扉を開ける。
いつもはほどいている髪を、なぜか今日は結んでいた。
ー何ドキッとしてんだ僕は…。
「ユージ…。」
彼女はしばらくうつむいていた。
「どうしたの?」
顔を覗き込むように少しかがもうとした次の瞬間ーー
僕は彼女に押し飛ばされていた。
「ちょっ。どうした?」
僕の質問には答えず、彼女はただ僕を押す。
「うわ!」
何かに足が引っかかってバランスを崩し、僕はベッドに倒れ込んだ。
「ちょっとマジで…」
何すんの?
その言葉を紡ぐ前に、彼女は僕を押し倒した。
「いや…、え?」
「ユージ…。」
おかしいくらいに鼓動が高鳴る。
危機だってのに何やってんだ。
「ちょっと、一回…」
落ち着こう?
また彼女は、僕の言葉を遮った。
しかしーー
そこに、言葉はなかった。
ただ、彼女の柔らかい唇の感触が、僕の口にあった。
「風邪、移してやった。」
リェレンはそう言ってすぐに部屋を出た。
その背中を見送ったあとも、僕は魔法をかけられたように、動けずにいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目を覚ました時、部屋に備え付けられた机には麦粥と黒パンサンドが置いてあった。
「ユージに頼んだんだよね。」
カルラは黒パンサンドを頬張りながら言う。
「でもユージ、なんでさっきは部屋に入ってこなかったんだろ。」
私が寝ている間に、ユージは一度この部屋まで来ていたそう。
部屋の中へ入ってくることはなかったが、カルラと私が寝ている間に、お土産を置いていっていた。
彼の作ってくれた麦粥は、もう冷めてしまっていたけれど、それでも美味しかった。
「やっぱ優しいよね。ユージは。」
「…うん。」
食べながら、考える。
今朝のカルラの言葉。
ーユージが好き。
その言葉を聞いた時、私は自分が一人になる気がしていた。
けど、今は違う。
多分、私はーー。
◆
「じゃ、レンはちゃんと寝なよ。」
そう言って、カルラは私の部屋をあとにした。
部屋の外はもう真っ暗だった。
ー私は。
気づけば、私の体はユージの部屋へ向かっていた。
何をしようとか、考えていたわけじゃないのに、気合いを入れて髪まで結んで。
ノックをした。
その直後に後悔した。
ーこんなことして、何になるの?
ただカルラの邪魔をしているだけみたいな、私の行為は、頭の理解とは裏腹に、止まらなかった。
「ユージ。ユージ。」
扉が開いたときに見た彼は、いつもの彼とは、まるで違う人に見えた。
本当は、ずっと前からわかってた。
ー私だって。
ベッドに押し倒した彼は、それでも落ち着いていた。
「一回、落ち着こう?」
そんなこと、言わせたくなかった。
私はもう、落ち着いてなんていられない。
彼に抱きついて、彼の口へ唇を押し当てる。
私だって、君が好きだ。
勇者になんかなれなくたって、1人になったって、君がいると思えば多分、何でもできる。
「風邪、移してやった。」
はやる鼓動も、震える手も、バレたって構わない。
イサゴ=ユージ君。
私は、君が好きだ。




