そのひと言で
ノラムまでの道中、心配していた山賊たちは現れず、マロナの負傷こそあれ、つつがなく目的地へ到着した。
「はい、報酬の500ペリル3人分ね。」
ノラム商会の商会長のおばさんは報酬を手渡して笑った。
これでパーティー残高は2,120ペリル。
山越えもあわよくばとは思ったが、馬橇が出るのはここから1段上がった先。
そこまでは歩かないといけない。
雪山を歩くのは中々危ない。
1日休んで、ちゃんと雪山用の装備品とかもそろえないと。
2,120ペリルで足りるかどうか。
馬橇で山を越える時の金も必要だ。
ー足らない。
また仕事を探さないといけないのか…。
山を超えた向こうにある都市はウバラフ。
国の交易の拠点だ。
おそらくだが、ギアソ山脈以南は教会、以北は貴族や商人たちの力が強いんだろう。
とはいえ、治癒魔法の存在は隠すに越したことはない。
この力は激レア故に国も欲しがっている。
僕はリェレンとカルラといたい。
そのためにもーー
「弓の扱いを教えてほしい?」
「うん。今んとこ僕にできることはそれくらいだと思うし。」
ノラム初の外食、何かの肉のシチューを食べながら、僕はカルラにお願いした。
「いや、ユージは十分役にたってるでしょ。」
リェレンが横から突っ込む。
「でも戦う力はまだないし、魔王に関しては原因がわからないんだもん。できることは多いに越したことないでしょ。」
魔王に相対するまでは、治癒魔法を封印しないといけない。マロナのように条件が揃っているとき以外は。
「それで弓…。」
カルラは少し考えてから言った。
「いいよ。教えたげる。」
「ありが…」
「その代わりに、」
ありがとう。
そう言おうとしたところで、カルラは割って入って続けた。
「その代わりに、治癒魔法を使うときは、せめて教えて?」
ー!!
バレていたのか。
「…わかった。」
なんで知ってるのか聞く、すっとぼける、言い訳をする…。
色んな考えは瞬時に浮かんだ。
けれど、そのどれもが不正解に思えた。
交換条件にしては、あまりに僕に優しい。
「うん!」
カルラは満足げに頷いた。
僕が教わるべきは、その寛大さなのかも知れない。
◆
「よく狙って。そう!!」
カルラは喜んで手を叩く。
ノラムのギルドへはタイミングよく狩りの依頼が入っていた。
彼女の予備の弓を借りて二人でその依頼を受けた。報酬は100ペリルと、依頼主の手料理。
獲物はイノシシ。
まずは適当な木に登り、イノシシが通るのを待つ。
猪突猛進、ものすごいスピードで走るのは、やつらがパニックのとき。
普段は人間とほぼ同じか少し遅いくらいのスピードで歩いている。
弦を思いっきりひっぱる。
反動が半端じゃないため、がっしりと足を木に巻き付ける。
軌道をイメージして、射る。
1体目のときは矢が遥か上を行ってしまい失敗、2体目で初めて狩ることができた。
イノシシは大人なら1体で大体80キロほど。
2人がかりで依頼主の家まで運ぶ。
「ありがとう!助かったよ!」
依頼主の女性は大きな声で笑う。
旦那さんが腰を怪我してしまい肉が尽きてしまったので安い給料でも受けてもらえる冒険者ギルドに依頼したのだそう。
元々捌くのは女性の仕事だったのだそうで、
「あとは任せて!」
と言って僕らを家に上げ、作業場にこもってしまった。
娘を名乗る女性に差し出されたお茶を飲みながら時間をつぶす。
しばらく沈黙が流れていたが、カルラが口を開けた。
「ねぇ、ユージ。」
「ん?」
あとに続く言葉を期待していたが、いつまで経ってもそれはやってこない。
「…レンは何やってるかな。」
沈黙に耐えかねて、無難な話題を出してしまった。
「ね…大丈夫かな。」
思えば、カルラと2人きりになるのは出会ったばかりの頃以来だ。
確かに…気まずくもなる。
「弓、ありがとね。何とか扱えそう。」
カルラからプレゼントと言われ受け取った弓。
カルラがいないと下手くそのままだった。
「いや、私にできることも、これくらいだし。」
ーもしかして…。
いや、無理もない、と言うか、なんというか…。
リェレンは誰がどう見ても規格外だし、僕も世間から見たらレア物。
カルラは、言ってしまえばどこにでもいる、普通の冒険者。
もしかしたら、気にしていたのかもしれない。
「カルラには、助けられてばっかりだよ。」
気にすべきでないことが、彼女の胸に引っかかっているのなら。
「リェレンと喧嘩っぽくなった時にも、マロナの時も。というか、毎朝寝癖寝かして顔洗ってるのはカルラが魔法で出してくれた水だし。」
それが気にするほどのことじゃないことを伝えなくてはいけない。
「ユージ…?」
もっと簡単な方法があるのは知っている。
「弓だって、リェレンには扱えないだろ?」
こんなのは逃げだ。
「ユージ。」
大切なひと言から逃げるための言葉は、もう僕にはのこっていない。
「ありがとう。」
ただ、そのひと言で十分なんだ。
「どういたしまして。」
そう言って笑う目の前の君に。
いつもいつも、本当にーー
ありがとう。
そう、胸のなかでもう一度伝えた。
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邪な気持ちが無かったとは言えない。
弓を教えるかわりに…。
そんなことを受け入れてくれる2人じゃないし、受け入れてほしくない。
だから、
「治癒魔法を使うときは、せめて教えて?」
その言葉が出た時、少しホッとした。
弓を教えているから、身体が近づくのは、仕方ない。
イノシシを運ぶのは大変だから、2人で作業するのは、仕方ない。
2人きり、その状況に反応しているのは、私だけみたいだった。
ー何か話さないと。
そんな意思も、結局その反応の一部。
一瞬で打ち砕かれて、黙ってしまった。
高鳴る胸を押さえつけるように下を向く。
君の続けた言葉は、だから、驚いたよ。
色々つらつら、君は一方的に話した挙句、
「ありがとう。」
そんなひと言をくれた。
ーあぁ。もうダメだ。
そのひと言で、私は絆されてしまう。
「どういたしまして。」
自然と笑顔になって、その言葉が出てきた。
いつか君に、この想いを、伝えたい。
ー君が、好きです。




