気持ち
翌朝。
宿の玄関前に現れた僕ら3人は、同じような顔をしていた。
全員、寝不足。
カルラとリェレンはベッドを二人で分けたせいもあるのだろうが、一番はーー
「夜寒すぎんだけど!なにここ!」
「ホントに!」
この、寒さだ。
◆
神聖エテロネア帝国の中心部、高原のなかに位置する都市メディオ。
温暖な南部から旅をしてきた僕らにとってそこは寒さ地獄だった。
北には大きな山々が拝める。
あそこの上の方はもっと寒いんだろうな…。
この寒さだと、暖房設備が必須になる。
都市のなかを歩き回っても、どの家からも煙突から煙がもくもく上がっている。
そのうちの1軒。
僕らの依頼主が住むその屋敷からは、煙は上がっていない。
ドアについた金属の輪っかを少し持ち上げて放す。
ゴン。
と硬い音が鳴る。
「はいは〜い。」
中から女性の声がした。
ガタ、と音を立ててドアが開く。
扉の向こうには、メイド服の女性が立っていた。
◆
「冬本番へ備えて薪を集めようと思ったのですが、私木こりの経験なんてなくて。お小遣いからしか依頼料を払えず、こんな低賃金に…。」
すみません、とメイドは頭を下げる。
「裏手の林から好きに木を取ってきて良いそうです。」
そう言ったメイドに案内され、屋敷の中を通り抜ける。
2階まで吹き抜けになっている玄関ホール?もスルー。
ー広いな。
「ねぇユージ。」
カルラが僕の耳元で囁く。
「こんな家住みたいね。」
この広い家か…。
現実的に考えて、それは無理じゃないか?
けどまぁ、気持ちはよくわかる。
「広い家良いよね。」
しかしカルラは
「ちょっと違うかも。」
そう言った。
違うんかい。
ーよくわからんなぁ。
それ以上会話を続けようとは、思わなかった。
◆
僕に木を切った経験などあるわけない。
しかしカルラとリェレンは経験があるらしく、2人に色々と教えてもらった。
まずは切り込みを入れる。
反対側からもう一度刃を入れる。
ガサガサ、と音を立てて木が倒れる。
「おぉ〜〜。」
声が出るような爽快さだが、ここからの作業が面倒くさい。
原木を適当な大きさに切り分け、斧で薪に加工する。
その作業2つはリェレンとカルラが名乗り出たため、僕は余った。
ー暇だ。
しばらく二人を眺めていたが、何もしないのは流石に暇すぎるのでさっきのメイドさんの手伝いを申し出た。
「え、じゃあ、お花にお水をあげてください。」
洗濯物を干していたメイドはそう言うと一度屋敷へ戻り、僕にじょうろを手渡した。
ーお花…。
林と屋敷の間にはそこそこの大きさの庭がある。
そこには色とりどりのお花がーー
咲いていない。
そりゃ今冬だし。
ただの草原とかした花畑に水をやる。
なんか、虚しい。
ーそういえば、あのメイドさんの主ってどんな人だ?
さっきの洗濯物に男物はなかったような…。
屋敷の窓はすべて閉め切られていて、カーテンも閉ざされていた。
ーまさか。
いや、出張とかもあるだろう。
ここに主がいないだけで、あのメイドのことをあれこれ考えてはいけない。
◆
「ありがとうございました。助かりました。」
メイドはそう言って僕らに達成証を手渡した。
「そういえば、あなたの主様は?」
リェレンはメイドに問う。
義理人情を通すタイプの彼女からしたら、挨拶もなしに屋敷に上がって、黙って出ていくなどできないのだろう。
「しばらく、留守にしておりまして…。」
メイドは俯きながら答えた。
「しばらくって…」
続けようとするリェレンの言葉を遮る。
「そうですか、お会いできなくて残念です。また機会があれば。」
そう言って頭を下げて、屋敷をあとにした。
「ユージ、あの屋敷って。」
リェレンの疑いはもっともだが、調査依頼が出ているわけでも手配がでているわけでもない。
考えられる内容は3つ。
1つ、あのメイドの言う通り、ただ留守にしているだけ。
2つ、あのメイドの主が、もう帰らぬ人となった可能性。主の家をいつまでも守り続ける、メイドの鏡の可能性。
3つ、あの屋敷は、すでに廃墟だった可能性。
あの人がそこに住み着いた可能性だ。
リェレンは3つ目を考えているようだが、ギルドに住所を伝えている時点で気づかれてもおかしくない。
それが理由というわけではないが、僕は1つ目を信じる。
「世の中、そんな悪い人ばっかじゃない。」
それは、ある種の綺麗事。
「そんなことは…」
ない、それくらい分かってる。
けれどーー
「そう思ったほうが、幾分生きやすい。」
悪意に満ちた世界を想像するより、善意に囲まれた世界を想像したほうが、僕が生きやすい。
ここ最近、人の欲望に触れ続けていた。
だから、今この場だけでも、そう思っていたかった。
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「広い家良いよね。」
ユージの返事は、何もおかしくなかった。
私は確かに、こういう広いお屋敷に住みたい、そう言った。
でもーー
「ちょっと違うかも。」
ずっと絡まり続けるモヤモヤが、日ごとに大きくなってきていた。
きっと私は、こういう家じゃなくたって、3人で暮らしたいんだろう。
そう、思うことにした。
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「世の中、そんな悪い人ばっかじゃない。」
彼はそう言った。
ーなんで?
私はそう言いたかった。
私以上に特別な力を持って、人から狙われ続けていた君が、なんでそんなことを言えるの?
私にとっても、君にとってもーー
「そんなことは…」
ないでしょう?
「そう思ったほうが、幾分生きやすい。」
目の覚める感じがした。
歩くスピードは変わらない。
右に目をやる。
私と同じくらいの背の、男の子。
ーねぇ、ユージ。
私は一体、何度こんな気持ちになるんだろうね。
ー少しだけ。
私は彼に少しだけ近づいた。
この距離感が、精一杯。
でもいつか。
君にこの気持ちを、伝えられたらと思う。
ーありがとう。一緒にいてくれて。




