ダンジョン③ 覚悟
「おい…。」
魔物は未だ、彼女の方にしか向いていない。
ドンドンと重い足音が、僕の横を通り抜ける。
僕の視界は、リェレンの千切れた腕から離れない。
「待てよ。」
僕の声は、魔物には届かない。
視界の端に映る巨大な影。
リェレンを殺すことだけ意識したような動き。
直後ー
巨人の頭が爆発した。
僕が火の玉を、その巨大な頭に向けて放っていた。
ガンガン響く頭痛も、グラグラ揺れる視界も、気にならない。
なぜ僕の魔法が届き、リェレンの攻撃がまだ届かないのか。
そんなことは考えようともしなかった。
ただ、怒りと憎しみと僕のすべてを乗せて、この魔物を、殺そうとした。
魔物はすぐに僕に向かってその手を伸ばしてきた。
ー躱せる。
本能的に、そう思った。
しかしーー
背中を激痛が襲う。もう目の前の景色さえはっきり見えない。
魔物の手が僕に届くその前に、僕の身体は弾き飛ばされていた。
石壁を壊しながら、僕は建物の中へ押し込まれた。
生まれて初めて、口から血を吐いた。
それでもーー
あの魔物を殺す。
僕の頭にはそれしかない。
立ち上がろうとしても、身体に力ははいらない。
力なく床に倒れ込む。
魔物がこの建物を壊している音が聞こえる。
魔物の開いた足の間から、ぐったりとしたリェレンが見える。
手を伸ばす。
せめて、彼女だけでも。
そのイメージをー
殴りつけるような頭痛と、耳の内側から爆発しそうな耳鳴り、浅くなる息。
そしてー
手の先に確かな温もりを感じながら、僕の意識は、消えていった。
◆
ーユージ!!ユージ!!
耳元で叫ぶ、聞きなれた二人の声。
『生死の境、だね。』
そして、久しぶりの神様の声だった。
「あのダンジョンはなんなんですか!?」
体を起こして神様と向かい合う。
その姿は、やはり何とも言えない光の塊だった。
『ダンジョンは穴だからね、その穴の中身は私にはわからないよ。君が君の体の中を知らないのと同じさ。』
「見てたくせに。」
『見てたけども、私にだってわからないことはある。』
まぁ、全知の神とは言ってないしな、この神様。
「2人は?」
『さぁね。目を開ければわかる。』
ーユージ!!
耳には確かに二人の声が聞こえる。
目を開けるーー
しかしその単純な動作が、なぜかできなかった。
『頑張れ。痛みから目を背けてるうちは生きていけないよ?』
神様は、投げやりな態度でそう言った。
痛みから目を背けないーー
それは、とても怖い。
ーユージ!!ユージ!!
さっきから、僕を呼ぶ声は湿っている。
ギャン泣きしてんのか。
起きなくては。
痛みに、目を向けないと。
この世界は、痛みに満ちている。
だから、僕は治癒術師でいいと思ったんだ。
痛みを知らずに、この世界を生きていくことは難しいらしい。
たとえようのない痛みを迎えて、僕はその目を開けた。
◆
ー眩し。
目を開けた先は、ダンジョンの入り口だった。
ここまで運んでもらったのか。
「ユージ…?」
声のする方を見る。
カルラとリェレンが、確かにそこに座っていた。
リェレンの腕も、確かに生えている。
体を起こすのにも、痛みが伴う。
「いててて。」
僕が動いているのを見て、二人は慌てて止める。
「だめだって!」
「しばらく動かないでよ!」
カルラに体を寝かされる。
「ほんとに心配したんだから。」
そういう彼女に一つ問う。
「あのデカい魔物は?」
「レンの攻撃がぎりぎりで届いてね。ユージほぼ食べられるところだったんだよ?」
僕の額に手をのせて彼女は言う。
ーそうか。
「もし、この後またこのダンジョンに入るなら、あのデカいやつの腹を調べよう。」
たぶん、行方不明者はそこにいる。
その意図を、カルラはすぐに察した。
「でも、私たち情報だけ次の冒険者に引き継ぐってことにしたから。」
それが賢明だ。
このダンジョンは危険すぎる。
からくりはたぶん時が狂うことで正解だろう。
環境が狂うダンジョンがどれだけ易しいものだったか思い知る。
「ユージ、痛みがひいたら言って。街の病院で診てもらおう。」
リェレンは防具を外しながら言った。
いつもの手入れタイムだろか。
ちぎれた腕は生えていたが、服や防具は戻ってこなかった。
あたらしい防具でもプレゼントしてあげないと。
彼女の手にも、カルラの手にも、僕を助けたときについたであろう汚れと傷があった。
♦
リェレンの防具整備が終わるのを待ってから、僕は痛みがひいたと嘘をついた。
この痛みは、僕が彼女たちに押し付けようとしていたものだ。
ー痛みから目を背けない。
怖い。
それでも、その恐怖と戦わなければ、きっと生きてはいけない。
僕も、戦えるようにならないといけない。
ゆがむ視界でとらえる世界は、今も痛みで満ちていた。




