77 脱力した
『あたしの存在に神レベルの力が働いていること、それが今日まで続いてきていた神Aの意思によると思われる状況の進行を阻止するため、としか考えられない機能が与えられていること。これらをまず確実と考えれば、神が二人存在してそれらが敵対していると思うしかないんじゃないか』
『そうだねえ』
『でね、最初の疑問に戻るとさ。今までの邪悪みたいな監視の目とか介入の意思とかみたいなのが、消えた感じがするって言ったでしょ? さっきの時点で神Bがこの混乱の隙を突くとかして、神Aからこの世界の管理権を取り戻したんじゃないかと思う。全然何かの確証があるわけじゃないんだけど、この目的のために生み出されたあたしにそんなことがちょっとした感覚程度にでも感知できる機能が与えられていて、不思議じゃない。任務終了の合図、とかね』
『まあ、そうだね』
『この先完全に安心していいかは分からない、当分油断しないようにした方がいい気はするけどさ、とりあえず本当に落着した可能性はあると思っていいんじゃないか』
『うん』
分かったような分からないような、という微妙な表情で王子は頷いている。
あたしにしたって何ら断言できるような証拠を抱えているわけじゃないので、結局曖昧な結論にするしかない。
その後、本当に王子には休息が必要と思われるので、会話を終わりにして睡眠をとらせることにする。
夕食はいつものように、国王夫妻ととるべく出かけていく。
第二王子が蟄居の扱いになり、王太子の無事が確認された、という形で王室の中は落ち着きの方向になっている。国王からは、淡々とそうした確認が告げられたということだ。
エクヴィルツ侯爵については王都に居住する一族すべてを拘束、取り調べの上爵家とり潰し、本人たちは極刑の方向で検討されているらしい。
隣国関係者についてはすべてこれから、国家間の交渉に委ねられることになる。
そんなとりあえずの現況を、王子から教えられた。
慌ただしい一日の終わり、疲労の残る少年はやや早めに就寝することになった。
あたしは一人、王子の机に置き残され。
寝ついた後なら誰とでも会話できるはずなんだけど、エトヴィンともカルステンとも一通り昼間のうちに確認を済ましたので、特に急いで話すこともない。
他の人に通信を広げる必要も、当分ないだろう。
ということで、ただ鎮座して思考を巡らせる。
しばらく、そうしていると。
いつの間にか、周囲が白い霧のようなものに包まれていた。
いやこれ、現実の風景ではないだろう。
誰かの夢の中に侵入したときの情景に似ているけど、そんな試みをした覚えもない。
当惑して、周囲を見回してしまう。
『誰か、いるのか?』
『はーい』
『誰だ?』
『どーも、神Bでーす』
『はあ?』
いきなり目の前に、何だかぼんやりした人の形みたいなものが出現していた。
その何とも脳天気な声音に、脱力してしまう。
――どういうこっちゃ?
訳分からないながら。
ただ少なくとも、相手がそのあたしがつけたところの仮称「神B」であるらしいことについては、疑いの余地がないと思う。
この名称、テオバルト王子との無言会話の中でしか使っていないんだ。かの神Aにさえ、あたしの会話は感知されていないと想像されている。としたらこれを横から聞きとれるのは、こちらの生みの親と思われる神B以外に考えられないからね。
『うん、ご明察だね』
ただ考えているだけのことが、伝わっているし。思考を読みとるの、勘弁してほしいんだけど。
『はは、いやいや失礼』
それに、神という自称を信じてほしいんなら、この軽薄な口調、逆効果だと思うんだけど。
『はは、ああいや、貴女には親しみやすい接し方が望ましいんじゃないかと思ってねえ。こちらの都合でずいぶん迷惑をかけて、偉ぶった態度を向けたくないので』
『それはどうも、ご配慮いただきまして』
『どういたしまして』
『で、その神様がどういったご用件のお出ましでしょうか』
こちとら、王族皇族や神様に対するような最上位の敬語表現など身に着けていない。とりあえずの顧客などに対する口調に嫌味レベルの丁寧さを加味した程度で、勘弁いただきたいと思う。
『貴女にはいろいろ苦労させたからねえ、とりあえずの弁明というか、説明をさせていただければ』
『それは、どうも』
『何よりもまず感心してるのだけれどね、さっき貴女が甥御さんと話していた神AとBの話、ほとんどそのまま正解なんだ』
『あれま』
あの想像、大まかな流れはともかく、細かい点では当てずっぽうが過ぎると思っていたんだけどね。
『貴女が神Aと呼んだ存在、もともとは別の世界を管理していた神でね。というよりはっきり言うと、これまで三つの世界を生み出しては管理に失敗して破滅させてきた実績がある』
『何と、壮大スケールで傍迷惑な』
神様の世界管理の標準がどうなってるか知らないけど、三つも破滅って、学習能力がないんでないかい。
『いや学習能力の問題じゃなくてね、万事において型に填まらないというか他神と違うことをやりたい性分のようなんだな。こんなことをやってみたら世界はどういう方向へ進むんだろうなんて、それこそ壮大な実験みたいなことをやりたがるとか』
『ほんっとに傍迷惑ですね。実際にAさんとBさんがいるってことは、神様はもっとたくさんいらっしゃるわけですかね。神様の間でそんな傍迷惑行為を取り締まるなんてことはできないんですか』
『僕らより上位の神というかそんなのがいて、目に余る行為をする神を拘束の上世界管理の権利を剥奪するということも、まああり得るんだけどね。原則として、その対象の神が一つの世界を管理している最中には手出しできないということになっているんだ』
『はあ、つまり神A氏はずっと世界管理を続けている状況だったと』
『三つめの世界を破滅させた直後には上位神も見切りをつけて拘束に動こうとしたんだけどね、次の管理する世界を生み出すまでにはそこそこ時間がかかるからその間にと。しかしその直前にかの神、思いがけない行動に出た』
『どんな』
『こちらが隙を見せたというのも落ち度があるんだけどね、僕がちょっと余所見をしている間に、まあ喩えて言えばなんだけど、この世界を管理運営する言わばゲームコントローラーみたいなものを奪い取られてしまったんだ』
『わあ』
『同じくらいの立場にいる神同士だと、それこそ余所見をしてコントローラーを持つ手を緩めてでもいない限り、それを奪うことはできない。当然ながら奴は僕に奪い返されないように護りを固めてしまったから、そのまま奪還できずに今に到ったわけ。手段はともかく世界管理中の立場になった奴に、上位神も手を出すことができなくなったし』
『はあ』
『そうして奴、貴女の言うところの神Aが始めたのが、貴女たちの元いた世界にあった小説のストーリーを現実化する試み、と言うかほとんど無理矢理こじつけみたいな世界への介入だった。それを傍で見続けるしかなくなった僕の切歯扼腕、想像してみてもらいたい。自分が生み出してここまで大切に育ててきた世界が、明らかに破滅の方向へ向かわされているわけで』
『まあ、気持ちとして分かるような。それにしてもそのストーリーでこのオイレンベルク王国という存在は破滅することになりそうですけど、それが全世界の破滅に繋がるわけですか』
『一事は万事というかね、どんな小さい齟齬でも大きな結果に繋がらないとも言えない。いやそれを別にしてもね、奴のやったことでいちばん無理があるのは、ダンジョンってやつなんだ』
『ああ』




