78 選択した
『あんなもの、とても自然に任せてあり続けられるはずもない。もともとの自然界の中で、不自然極まりないというかね。曲がりなりにも生物であるものを、自然の理を無視して勝手に生み出したり消滅させたりを日常化しているわけで。それこそ神とかそんな力のある存在がずっと見守り干渉し続けていなければ、どんな壊滅的な現象を起こしても不思議じゃない。貴女たちの世界の小説なんかに魔物のスタンピード(集団暴走)なんてのがよく登場するみたいだけど、そんなのはまだ可愛いくらいだ』
『そうなんですか』
『要するに、自然の理無視の生物誕生・消滅、なんてのがダンジョンという局所に留まっているうちはまだしも、でね。何かの弾みでそれが外界まで影響するようになってしまったら、もう手のつけようがない。神とかそんな力のある存在がずっと見守っていなければ、と言ったけどね。見守っていたつもりでも、例えばちょっと油断しているところに噴火とか大地震が起こったなどで、ダンジョンの内と外の境界が破壊されることだってあり得る。つまるところ、あんなもの世界に存在させちゃいけないんだ。過去似たようなものを生み出した世界は何処かにあったみたいだけど、無事存続した例は皆無のはずだ』
『へええ』
『いやそもそもあんなもの、自然に何処かに生まれるはずはなく、管理する神が気紛れかなんかで作るしかないんだけどね。標準的な神の立場から言わせてもらうと、何のためにあんなものを作るのか、その意図がまったく理解できない。その世界の人間に娯楽を与えたいのだとしたら、もっと自然の理に沿ったものにすべきだろう。何が悲しゅうて、自分の世界混乱破滅のスリルを秘めた存在を無理押しかつ意図的に作らなあかんのやん。あの神Aにしたって、これまでの自分の世界でそんな暴挙をしたことはない。今回は他神の作った世界だから、と無責任にやったに決まってるんさ』
『はあ』
よっぽど憤懣やる方ない思いが堪っていたんだか。
高貴な神様の口調が、訳分からないものになってきているなあ。
『いやまあ……ともかくもそんな危機的状況に向かいかねなかったわけだからね、貴女にいろいろ行動してもらって感謝に堪えないわけだ』
『はあ。つまりこうして貴方がここにお出ましになったということは、その喩えたところのコントローラー奪還が果たせたわけですか』
『そういうわけだね。奴としてもこの日のあの熊の魔獣投入が切り札だったみたいで、あれが倒された瞬間〈コンチクショウ!〉と叫んでコントローラーを投げ出してしまった。その隙に僕が奪い返したってわけだ。もちろん比喩的表現だけど。そのときの奴の〈ギャア〉という悲鳴、貴女にも聞こえたんじゃないかな』
『うわあ』
比喩的とは言いながらも、何だか映像的にありありと見えてきそうな状況だし。
お陰様で何だか、この世界がゲームの中とか軽々しい存在に思えてきてしまう。
『そうして僕がこの世界の管理権を取り戻し、彼奴はめでたく上位神に連行されていった次第だ』
『それはどうも、おめでとうございます?』
『どうも、お陰様で』
表情もよく判別できないぼんやりした見た目だけど、明らかに神様は上機嫌のご様子だ。
まあ話を信じる限りこの神にとって、事態はこの上なく上首尾に終わったと言えるんだろう。
『つくづくも貴女には感謝している。とにかくほぼまったく僕にはこの世界への干渉が封じられていたわけで、貴女という存在を作って、奴の目を盗んでこっそり投げ入れるしか方法がなかったからね』
『はあ……』
文字通り、投げ入れたわけだ。あの深い森の中、数百メートルの上空に。
『チャンスは一瞬しかなかったんでねえ。何とかあの科学者の近くへということだけ狙って、やり方が乱暴なのはお許しを願うということで。それにしてもあれであの魔獣に直撃するなんて、思ったより僕、投球のコントロールがよかったらしいね』
『はは……それにしても、事前にこちらに少しでも説明があれば、助かったんですけどねえ』
『そこも申し訳ないんだけどね、とにかく貴女は唯一のこちらの手駒だったんで、失敗は許されない。何にしても、奴に気づかれないことだけを最優先に考えなければならなかったんだ。妙に情報を入れて、貴女の行動が目立つようになることだけは避けたかった。何をどうしたとしても、この世界を管理している奴に気づかれないようになど、かなり分の悪い賭けにしかならないわけでね』
『まあ――分からないでもないですけど』
聞く限り結局この神様のしたことは、あたしの機能を設定したこととあの森の中に投げ入れたことだけらしい。
その機能にしても、とにかくかの神さんに察知されないために厳選した。攻撃魔法として水鉄砲と風刃は予め想定したもので、人間や弱い魔獣の動きを止められるが周囲に派手な影響を与えないように、と熟慮したという。
なお、水分を奪う水魔法は、想定外だったとか。
とにかくもそんな事前設定をしてあたしを投げ入れ、あとは野となれ――の思いだったそうな。
暴風鷲に攫われたのも、その結果森の西側に出ていろいろなトラブルに遭遇したのも、偶然の産物ということか。
『その辺、貴女の悪運の強さということになるんだろうねえ。あの地域で起きていたいろいろを解決しなくても今回のクーデター阻止はできたと思うし、僕が管理権を取り戻せば世界破滅は防げるだろうけど。ああいう細々としたことに神の干渉をする気はないので、この国としてはかなり後始末に苦労しただろう』
『そうなんですか』
『まあ僕としてもあんなことで世界が荒れるのは望ましくないので、貴女に処理してもらって助かったところはあるかな』
『はあ』
なお、颯人とあたしについては。
前世でのあの事故の結果、二人とも即死だった。
そこからはあたしの想像通り。
地球のラノベやゲームなどに興味を持ってたびたび覗いていた神Aが、例のラノベを知っている存在として面白い、と颯人の魂を拾い上げた。
それを知った神Bが、何かの対抗に使えるかも、とあたしの魂を拾っておいた。地球を管理する神に一言断りを入れれば、問題なく可能なことらしい。
勝手をして申し訳ない、と謝られたけど、まちがいなく死んでいたということならまああたしとしては憤慨しても仕方ない。新しい人生(?)をもらって儲けもの、と考えるべきかもしれない。
――ここまで一ヶ月ちょっとだったけど、少なくとも退屈だけはしなかったからね。
『そう思ってもらえると、助かるね』
相変わらず、勝手にこっちの心を読んでいるし。
『いや……とにかく、貴女には感謝したい。僕が貴女に期待した働きは、今日をもって終了したことになる。感謝の印として、貴女の今後の身の振り方について優遇したいと思うんだが』
神様の「優遇」なのだから、職や住居の世話なんていうレベルの話じゃない。
早い話が、もう一度転生する権利をあげよう、ということだ。
何でも好きなように、とまではいかないが、と選択できる案を提示された。
①地球での輪廻の輪に戻し、希望に沿った境遇で新生させる。
②この世界で、希望に沿った境遇で新生させる。
③今のままで残す。
という三案だ。
注意点として、①、②の場合は今の記憶を残すことはできず、必ず新生児として生まれ変わるのだという。
①は管理の異なる世界のことで難しさはあるが、あちらの神に折り入って頼み込めばおそらく可能、とのこと。よく知られているようにふつうに輪廻に戻すとしたら人間に生まれ変わる保証はないけど、今回はそこを優遇して人間指定にしてもらうという。
どうもこの神様としては②が最も手軽でお勧めらしく、サービスとして今身に着けている魔法の力をすべて残す、とつけ加えている。今のあたしの魔力量は人間離れしているので、そこそこチートということになるようだ。
通常死んだ場合の魂の行方と比較して、確かに①、②ともにかなり優遇された扱いになりそうだ。希望に沿った境遇、というだけでかなりそそられるものはある。
ただ、今の記憶が残らないというのが、当然の処置とはいえためらいを覚える要素か。
颯人のの生まれ変わりたるテオバルト王子の行く末を見守りたいと思うなら、③一択ということになる。ただこの場合、人間としての人生を諦めなければならない。
前世での行き遅れ人生を改め、やり直しを目指すとしたら①。
異世界での、魔法を身に着けた冒険人生を目指すなら②。
今後も王子の行く末を見守り、他では絶対経験できない存在としてあり続けるなら③。
――ということになるか。
自分の人生やり直しにも惹かれるし。
でもやっぱり、前世で碌なことのなかった颯人の新しい人生に障害のないよう、見守りたい気もするし。
『さて、どれにするかな。できれば今、すぐに決めてもらいたい』
『うーーん……』
促されながらも、すぐには心定まらず。
気分的だけだけど内心腕組みをして、あたしは唸る。
――――――――――
さて。
車両模型に転生したアラサー女が、その後どうしたかというと。
ぱたん、ぱたん。
捲り続けていた木の板の最後の一枚を、裏返し。
ふうう、とひと息、ついて。
『この本も、読み終わっちゃったよ』
『もう? こないだ文字を覚えたばかりだっていうのに、読むの早いね』
『根が、読書好きだからねえ』
『それは悪いことじゃないけどさ。もうここに、叔母ちゃんの読んでいない本はないよ』
『王宮というのに、蔵書は少ないんだねえ。娯楽的なお噺みたいなのは、まったくといってないし』
『もともとそんなの書き残す人も、いないみたいだね』
『こりゃもしかして、前世の知識で面白可笑しい読み物を書いたら、人気を呼ぶんじゃないかね』
『かもしれないけど、誰が書くの?』
『そこなんだよねえ。昔取った杵柄で文章を練ることはできそうだけど、あたしのこれじゃ本のページは捲れてもペンは握れないもんね。まさか王子殿下に代筆させるわけにはいかないし。されど他の人には口述できないし』
『暇ならやってもいいけどねえ。僕も元からの勉強に加えて、最近は健康になった分剣の稽古なんかも入っちゃって、過密スケジュールだからなあ』
『仕方ない。諦めるか、何か手を考えるか。とにかくあたしは、退屈なんだよねえ。あちこち出歩くこともできないし』
『まあとにかく、他にも何処かに本なんかないか、探してもらうよ』
『頼んだよ、殿下』
――というわけで。
実はまだ、王宮にいるのです。
本作は今回で完結とさせていただきます。
これまでご愛読、応援をくださった皆様、真にありがとうございました。




