76 推論した
「これらのことが神のような力によるものか断定はできないわけですけれども、もしそうだとしたら、今回の件は無事収束したと言えないのではないでしょうか。ラインマー殿下も隣国関係者もエクヴィルツ侯爵も拘束されたわけで、関係した人間はほぼ一網打尽と言えるでしょうが、神の力が働いているならまだこの状況の転覆も可能なのでは、と思ってしまいます。何と言うか、神の意思が我が国の転覆にあるとすれば」
「うん、全知全能の神が関与しているというなら、何でもあり得ることになりそうだよね」
エトヴィンの言葉に頷いて、それから王子はあたしの無言の声を聞く。
「――本当にこれに関しては何も確実なことは分からないんだけど、ハルの言うことだと、一応神のような存在はこれで手を退くと期待してもいいんじゃないかって」
「そうだとすれば安心ですが。何かそう考えうる根拠があるのでしょうか」
「絶対の根拠とまでは言えないけどね。その神のような存在の目指していた目標は我が国の王位転覆という結果そのものじゃなくて、今日の儀式で第三王子の魔法爆発という現象を実現した上でのその結果なんじゃないかって」
「結果よりもその契機となる事柄の実現、というのですか」
「何しろ分かる限りでその神みたいな力の介入と思われる件、これまでは我々の薬草入手阻止と侯爵伯爵領での小麦収穫への打撃ということに集中していたみたいなわけだろう」
「ああ、そうなりますね」
「第二王子と隣国によるクーデター成功だけを目指すなら、方法はいくらでも考えられるよ。神みたいな存在は人の行動を操ることができると考えられるんだから、最も乱暴なことを言えば国王陛下を操ってとんでもない行動をさせればいい。それじゃなくても政権中枢に近い者やある程度力を持つ貴族を何人か操れば、国を混乱させるなど思いのままとも言える。でもこの存在はそれをせず、とにかく今日の儀式で魔法爆発を実現させるためだけに注力してきたとしか思えない」
「なるほど、そういうことになりそうですね」
「本当に絶対とは言えないけど、魔法爆発実現が目的でそれの失敗が確定した以上、もうこの神のような存在は手を退くと思ってもいいんじゃないか」
エトヴィンたちには説明しにくいわけだけど、「魔法爆発実現」と言うより「ラノベストーリーにできるだけ沿った流れの実現」だと、颯人とあたしは考えている。
五十年ほどもかけて用意してきたこれが失敗した以上、もう諦めるか最初からやり直すかしかないんじゃないかと思われるんだ。
「まあそれこそ断言はできませんが、少しは悲観的な見方を抑えて今回の始末に集中すべきということでしょうか」
「そういうことだね」
そんなことで、話し合いを終える。
本日の行事が混乱のうちに終わり、まだ後始末の最中だ。エトヴィンにとってもそうした雑事が残っているし、国王たちに対して調薬の経緯について改めて説明しなければならないらしい。
というわけで、科学者は護衛を連れて退室していった。
残された王子は側仕えに促され、いつものように長椅子に横たわって休息をとる。
側仕えたちが離れたところで、通信を繋げる。
『本当に、ご苦労様だったね』
『叔母ちゃんこそ、大車輪の活躍でお疲れ様』
『困ったことにあたしは、疲れを感じないんだよねえ』
『はは。以前は〈大台超えて疲れやすさハンパじゃないわあ〉なんて言ってたのにね。その点じゃ凄い進歩じゃん』
『喜んでいいのかねえ』
『それはともかく、さっきの話でまちがいないのかな。例の神さん、これですべて諦めたと思っていい?』
『ほんとにほんと、確証も何もないんだけどさ。体感として、今までの邪悪みたいな何処かからの監視の目とか介入の意思とかみたいなのが、消えた感じがするよ。今まで特にそんなの感じ続けてきたわけじゃないんだけど、気がつくと周囲の霞が晴れてた、みたいな』
『何だか、何処まで信じていいのか分からない体感だね』
『まあそうなんだけどね。それにしても何と言うか、少しは信じるに足る推論みたいなのは作れる気がするんだよね』
『推論?』
『うん。思いきり言い切ってしまうけど、この世界に関与している神は、二人というか二柱と言うのか、いるんだと思う』
『えーと……』
『そう考えないと、辻褄が合わないって言うか、ね。前にも言ったけど、我らが神さんがこの世界をラノベの設定に近づけようとし始めたのは、およそ今より五十年前くらいからだと思われる』
『うん』
『そのおよそ五十年前という時点、それ以前と以降じゃ色んなことが変わりすぎるくらい変わっちゃったわけでさ。これ、その時点で世界を管理する神が入れ替わったんじゃないかと思うんだ』
『神の入れ替わりっすか』
『うん。現在我々を悩ませてきた神を仮に神Aと呼ぶとね、この神Aはおよそ五十年前、この世界の管理権をそれまでの神Bから譲り受けたか奪い取ったかした。何となくと言うか、おそらく後者の奪い取りの方って気がするけどね』
『現象だけを見ると納得できないでもないけど、でもそんなの簡単に信じられないよね、神が二人いて管理権を奪い取りだなんて。やっていることが俗っぽすぎるって言うか、まるっきりチープなマンガのストーリーか何かみたいだ』
『まあ、そうなんだけどね』
目を閉じたまま、王子は軽く首を振っている。
これまでの展開で神が現実に関与しているということだけでも受け入れがたいのに、その上それが二人に増えるなどとんでもない想像の飛躍としか思えないだろうね。
『神様がいかにも人間臭い行動をしたり諍いを起こしたりってのは前世の神話なんかにありがちとは言っても、こちらのはまたそれとも違うって感じだしね。それも諍いや強奪の動機に、ラノベストーリーが絡んでいるときちゃあさ』
『そうだよね』
『それこそ俗っぽすぎて、神のやることとして信じたくもないって言いたいところだけどね。それでもその上で神が二人いてこれがその諍いの結果だって言うのは、いろいろな情況証拠だけじゃなくて、一つだけそう考えなきゃ説明のつかないことがあるんだ』
『何だろう』
『外でもない、このあたしという存在なんだけどね』
『は?』
『この世界ではいろいろと前世の常識に当てはまらない、それこそ特殊な神の意思の反映と考えるしかないような事柄が成立しているわけだけど。このあたしという存在、その中でもトップクラスに不自然さが極まっているとしか思えないよね。何をどう考えたって、こんなもの自然現象で出来上がるはずもない。人間が作り上げたものとも思えない。まず絶対、神レベルの意思で意図的に生み出したもののはずだよ』
『ああ――そういうことになるね』
『それもこのあたしが有している機能、今にして思えばできすぎも過ぎているって言うか、確実に一つの目的に向けて配備したとしか思えないんだよ』
『一つの目的?』
『今日の事態を終えて、もう疑いの余地もなくなったって感じだけどね。ラノベストーリーの完遂を目指している神Aの目的阻止だ』
『え……』
『機能みたいなのはいろいろあるわけだけど中でも突出しているのは、非生物に意思を持たせたことと今こうしてやっているテレパシーみたいな無言会話をできるようにしたことだね。おそらく神Bは、神Aが非生物の微々たる動きに関心を寄せないことを知っていたんだと思う。非生物たるあたしが多少妙に意思があるかのような動きを見せても気に留めないし、音声にならない会話をしているなど想像もしないから察知しようともしないだろうと予想した』
『ああ』
『颯人をテオバルト王子に転生させたのは、神Aの仕業だろうね。おそらく颯人が問題のラノベを呼んでいることを知っていて、そんな知識のある者を主役級に据えるのが自分の目的の上でスリルがあるとか面白いと考えた』
『ああ』
『そこで神Bは颯人と同時に死んだあたしの魂を拾って、この車体に組み入れた。神Aの邪魔ができる機能をつけただけじゃ思ったように行動してくれる当てはない、まず確実にテオバルト王子の救済のために動くだろう魂として、だね』
『うん』
『颯人の転生とあたしの出現にかなりの時間差があるわけだけど、神のそうした能力で時間を超えることが可能なのか、神Bがいざというタイミングまであたしの魂を温存していたかのどちらかだろうね』
『ああ』
『たぶん神Bは神Aにその権利を奪われて、この世界を観察することはできても一切関与することができないんだと思う。ぎりぎり可能だったのが、このあたしという存在を作り上げてこっそりこの世界に紛れ込ますことだったんじゃないかな。神Aに察知されない範囲で目的に近づけるための、絶妙な加減の能力が与えられたんだと思う。それでもあたしがこの世で行動を始めてから、それ以上には特別神の恩恵を感じたこともないから、それが限界だったんだろうね』
『なるほど、ね』




