75 落着した
会場では、中断していた敵兵たちの拘束が再開している。
隣国王女と護衛たちは引き立てられ、それぞれ厳重に身柄を拘禁されることになっている。
この国の第二王子も、王族用のしかるべき部屋に蟄居という形になるらしい。
隣国関係者についてはすべて拘束の上、本国に抗議文を送り賠償金と引き換えに送還するという運びになりそうだ。
そんな予定もまだ細かくまで決まりようもなく、とりあえずの落着に一同は安堵。貴族たちはぞろぞろと退場を始めている。
あたしはカルステンに抱えられ、テオバルト王子とともに部屋へ帰るべく移動が始まった。
しかし出口を潜ろうとしたところで、王子は国王の側付に呼び止められている。王族を集めて話し合いを持ちたい、ということらしい。
エトヴィンとカルステンは先に王子の部屋に戻ることにして、あたしはそちらに運ばれた。
王子の側仕えに迎えられ、長椅子に腰を下ろしてエトヴィンは深々と息をつく。
「何とか、落着したな」
「はい」
「すべて、ハル殿のお陰だ。カルステンもよくやってくれた」
「恐縮です」
言葉を交わしながら、護衛と主はまだ煮え切らないような会話になっている。
結局国王に対してすべて詳らかに説明することができなかったし、今ここでも側仕えたちの耳を憚ってあからさまにあたしに話しかけるのも控えることになっているんだ。
王子が通訳を務めている間は、傍目にも不自然は少ないんだろうけどね。
その王子が戻ってきたのは、小一時間ほど経ってからだった。
こちらはどこかすっきりした、明るい表情になっている。
席に着くや、その理由を説明した。
「朗報だ。王太子殿下が無事戻られた」
「それは喜ばしいことです」
国王一家を集めた私室で、説明があったということだ。
実際には、王太子は昨日遅く帰還したということ。
過日、今となってはよく分からないが奇妙な呼び出しを受けて、キュンツェル伯爵領の森に赴いた。目的は、弟のための薬草入手だ。
ところがそこで地面龍の襲撃を受け。連れていた近衛兵のほとんどを失う。何か訳の分からない小さな物質により地面龍が討伐され、王太子と兵士一名だけが九死に一生を得た。
しかし王太子は重傷、冷静に思い返すとここまで呼び出された経緯がほとんど思い返せない。何者かの企みで命を狙われているのだとすると、人里に助けを求めても王太子の身分が知れたら無事で済まないかもしれない。
できることは限られるが部下と相談し、顔も判別できない様相で死亡した兵の一人と着るものを交換した。何とか王太子の生存を隠し、追手から逃れようという目的だ。
その後、少し離れた農村に辿り着き、怪我の治療を受けた。村民には金を掴ませ、何とか秘匿を徹底させた。
数日間王太子は発熱で意識不明に陥ったが、三日前から回復の兆しを見せ始めた。
その頃領内の被害調査をしていた領兵に見つけられ、領主のキュンツェル伯爵に報告が届けられる。今回の行事参加のため王都に向けて移動を始めていた伯爵がその村を訪れ、そのまま王太子を保護して王宮まで運んだという。派閥的にはっきり王太子支持を表明していない伯爵だが、ここのところの魔物被害などで協力することが重なり、従来以上に王族への好感が高まっていた幸いがあったのかもしれない。
いろいろと原因や経過に不審な点が多すぎるため、昨日王宮に到着した後も国王の指示で情報秘匿を徹底、ようやく先刻になって家族に知らされたということらしい。
いろいろな騒ぎが一段落したこともあり、間もなく王太子の無事は公表されることになる。
「足の負傷がひどいのでしばらく安静ということになりそうだけど、寝室でお顔を拝見した限りかなり回復は順調のようだ。医師の診断でも、将来的に後遺症が残ることはなさそうだって」
「それはよかったですね」
「陛下も正妃殿下も王太子妃殿下も、涙を見せてお喜びだった。陛下などは昨夜一度お会いになったはずなのに、殿下の顔を見て改めて込み上げるものがあったみたい」
「まあ無理もありませんね。最愛のお世継ぎを、一度は諦めるしかないとまで思い詰めていらっしゃったのでしょうから」
「うん」
そこで交わした会話の中でどうしても疑問が晴れないのは、何故王太子がこのような行動に出たかということらしい。王太子自身が、思い返してもその理由を明らかにできないのだという。
そのときには、どうしても薬草を探しに行かなければならない、件の森に行けば譲ってくれる人物が待っている、と疑問なく確信していたとしか思えないのだとか。
この件に関してはどうも隣国も某侯爵も関与した形跡がない、ただ「王太子殿下が行方不明となる」とかの国の占い師に神のお告げがあった、ということだ。
諸々の事実を整理して、どうも人ならざるものの力が働いたと結論する以外ないようだ。
国王周辺でもそうした納得に落ち着いてきている、との王子の話に、エトヴィンも「他に考えようもなさそうですね」と頷いている。
あと、不思議な点がもう一つ。
「王太子殿下と残った一人の兵は、地面龍の襲撃から逃れられたのは奇妙な小さな物体の働きのお陰だ、と証言している」
「ああ……」
ここにいる三人にはその辺の事情をあたしから告げているけど、国王たちには驚愕の事実ということになるだろう。つい少し前、同様の小さな茶色の物体の働きに瞠目させられたばかりなのだから、なおさらだ。
当然ながらその場にいた人々の目が、テオバルト王子に集まったという。
「と言っても、僕から説明のしようもないしね。時系列的には明らかに、ハルがカルステンに拾われたとしたときより前になる。そうなんだから、その物体がハルだったとしても、僕にとって与り知らないとしか言いようがないもの」
「ですねえ」
「僕の命令をきくとかそんな以前に、ハルが自律的に行動したんだろうか、もしかすると王太子殿下が王族だと察知して援護する行動になったのかもしれない、古の魔道具はそのように作られているのかも、という程度に話しておいた」
「ああ――そんなところが精一杯でしょうかね」
その辺で納得がいただけるなら、あたしとしても助かるところだ。
完全に自分で考えて動くことができるなどと知られたら、ますますこのまま放っとかれなくなってしまうだろう。今後国軍の一角として働け、などということになったら堪ったもんじゃない。
せいぜい、テオバルト王子の近辺でだけ命令を受けてそれらしき動きができる、という程度で抑えておきたい。あの地面龍との遭遇のときはまだ野良道具だったので予測のつかない行動をとった、今後は王子の支配下にある、ということで。
エトヴィンとカルステンにとって国王に隠し事をするのは本意じゃないだろうけど、恩人たるあたしとの約束と王子の意向に沿うということで、何とか納得してもらうことにする。
これはテオバルトの傍に置く、と先ほど国王から言質を取ったので、当分この扱いが覆されることはないだろう。
「あと――大概のところは殿下が夢でご覧になったということとハル殿が密かに聞いてきた情報の通りでまちがいなかったということになりますが、あの熊魔獣の出現はまったく予想外でしたよね。あれが予め案じていた、神のようなものの介入ということになるのでしょうか」
「あ、うん――――ハルもそうだろうと言っている。何しろ、かの中ツ森の中にしか棲息しないという魔獣なんだからね。あの図体で人目に触れず自力で移動してきたなど考えられないし、人の力でここまで運んでこられるとも思えない」
「そうですよねえ」
「――――それにあとハルの話では、国王陛下の護衛たちがあの騒ぎのとき少しの間硬直したように動かなかった、それと東口の番兵が何故か扉に閂を下ろしていた、この辺が理屈に合わない不思議な現象だったって言ってる」
「ああ、以前の掏摸や護衛兵の乱心したような行動に、似通っていると」
「うん、通常じゃ考えられない、神のような力に操られたとしか説明できないんじゃないか。まあ護衛兵たちもその番兵も、それぞれの部署で事情を聞かれているところで、詳しい解明はこれからだけどね。ただ護衛たちの動きは陛下や僕の背後だったのでよく見えていなかった、ただ王族たちにとって前に出て護りに入るのが遅かったなという記憶だけなんだよね。だから硬直して動かなかったという証言は出るかどうか、今回の動きが遅かったことの反省だけに終わるかもしれない」
「そうですか」




