73 投擲された
グアアアーーッ
広間に入ったところで、獣は高らかに咆哮。
会場両脇に立ち並ぶ貴族たちが、震えながら慌てて前方へとずり歩き始める。
出入口は中央付近の東西両脇と最後尾にしかないので、前方王族たちの周囲はこれ以上逃げ場がないのだが、巨大生物から遠ざかるにはこっち方向しかないんだ。
「何だあ――」
「だ、だ――」
「ありゃ――大王熊だあ!」
貴族の誰かが、叫んでいる。
確かに。
会場中央付近まで入ってきた巨獣は、あたしも森の中で二回だったか遭遇したやつに酷似している。以前のより毛の色は濃い感じで、大きさはどっちこっちというところ。二本足で立っている今、たぶん脳天までの高さ四メートル以上で、この大きな会場の天井近くまで頭がそびえている。
一応『鑑定』すると、
【大王熊と呼ばれる魔獣。中ツ森の中の動物では最強】
と、出る。
最初の遭遇では偶然あたしが頭の天辺に落下して殺害できたけど、二度目の出遭いでは風刃も水鉄砲もほとんど効果なく足止めが精一杯だったなあ、と思い出す。
「陛下たちに近づけるな! 全員で囲んで押さえよ!」
「は!」
さっきの軍を指揮するらしい貴族が大声を発し。
中央付近で敵兵の拘束作業をしていた国軍兵士が、わたわたと魔獣を遠巻きに囲み出す。
聞いている限り、中ツ森から出た試しのない凶獣だ。兵士たちも実際に相対した経験はないんじゃないか。
情報では中ツ森の中で最強、表皮が硬く剣も槍もほとんど通じない、ふつうに人間が挑むには何十人いても無理ではないか、と言われる。
「いやあ!」
「行けえ!」
「わああ!」
今も、剣で斬りかかった兵士は簡単に足で蹴り払われている。
それにしても。
――何で、こんなのが出てくる?
居合わせる全員、誰にとっても疑問でしかないだろう。
中ツ森の中にしか棲息しないと言われる魔獣、なんだ。この王都は、その森から数百キロも離れている。過去、こちらで目撃された記録はないんじゃないか。
まあ一応、王城の裏は森になっている。常識的に考えて、そこから出てきたということなんだろうけど。
何故、そこに存在していた?
何故、このタイミングで出てきた?
という、当然の疑問が湧き起こる。
どう考えたって、何処ぞの隣国やどっかの何たら侯爵が企めるレベルの話じゃない。
つまるところ――。
――かの神さん、ここまでやるか?
という、感嘆しか出てこないんだよね。
それにしても、ここはどうしたらいいものか。
王族たちも貴族たちも、逃げ場のない会場前方に集まって怯えるばかり。
今魔獣は中央付近に立ちはだかって、次々と斬りかかる兵士を難なく蹴り払い続けている。何人攻撃を加えても、傷一つつけられる気配が見えない。
ただくり返されるちょっかいに、次第次第苛立ってきているみたいな様子が窺える。
それにしても少し不思議なことに、人肉を食らうとされるあやつ、斬りかかる兵に噛みつこうともしないし、そこらに転がされている隣国と某侯爵領の兵に最初から見向きもしていない。
人肉が目的じゃないなら、何のための乱入なのか。
兵士の攻撃を払いながら、気のせいかちらちらとその目がこちらを窺っているみたいな。
まるで隣国関係は無視して、こちらの王族だけを狙うとでもいうような。
どうにも、誰やらの指示で目標は指定されている、と疑わざるを得ない。
「わああ!」
「わああ!」
蹴り飛ばされ、爪で斬り払われ、起き上がれなくなっている兵士も出てきているみたいだ。
百人以上いたんじゃないかという戦力の囲みが、少しずつ薄くなってきているような。
王族も貴族も、今のうちにあの脇を抜けて逃げるべきなんじゃないか。そう思うんだけど、ほとんどが前方に集まって震えているばかりだ。
王子に言って、みんなに指示を出させるべきか。
そう思っていると。
「うわあ!」
「わああ!」
いきなり、魔獣の動きが派手になった。
こちらに背を見せて剣撃を加えていた何人もの兵が、次々と蹴り倒されていく。
明らかに、王族たちのいる部屋の前方に向けて攻撃の道を開こうとしているようだ。
時を待たずこちら向きの疾走が始まるのが、まざまざと想像されてしまう。
そうなったとして――こちらで押さえられるか。
前方に残る戦力は、カルステンを含めた護衛十数名。今斬りかかっている兵士たちに比べて、明らかに戦力ダウンと思われる。
人数だけなら王族貴族がたむろしているけれど、防御に限った面だけでも当てになりそうにない。
あたしにしたって。
森の中での大王熊との戦闘で、痛感させられているんだ。
水鉄砲も風刃も、ほとんど効き目はない。それこそ、虫に刺された程度の刺激にしかならないんじゃないか。
水を口の中にぶち込むのはあのとき少し効果があったけど、こちら向きに走り出されたらあまり意味がない。口の中の不快など感じる暇もなく、突っ切られてお終いだろう。
口の中から水分を奪う暇はない。
――つまり、お手上げやん。
と、思う間に。
グワア、と吠えて大熊は一撃で数名の兵士を振り払った。
こちら向きの防衛に、穴が空く。
と見るや、熊はドシリと前足を床に下ろした。
四つ足姿勢になって、走り出す構えだ。
たちまち、躍り上がるように疾走が始まる。
他にはまったく目もくれず、真正面方向に。
つまりは周囲の貴族たちを無視し、中央の王族たちだけを目指して。
「わああ!」
「来るな!」
貴族たちの中から、甲高い悲鳴が上がる。
それ以上逃げる余地もなく、壁にへばりつかんばかりになって。
迷う暇もなく、あたしはテオバルト王子に通信した。
すかさず、王子は大声を発する。
「カルステン、ハルを投げつけて!」
「は!」
すぐに、大男が走り寄ってくる。
「失礼します」と一声かけて。
ガシ、とあたしの車体を掴み上げ。
迷わず横投げフォームの振りかぶり。
あたしの重さは、前世の円盤投げ道具より重く砲丸より軽いというところだ。この鍛えた護衛なら、それなりの投擲が可能と思われる。
「ぐわわあーー!」
気合いを入れて腕が振られ。
あたしは宙に放り出された。
周囲の景色も目に留まらない、スピード。
――こんなところで弾丸の気分を味わうとは、思ってもみなかったよ。
などと考える暇もなく、たちまち。
全身を包む、衝撃が走った。
ガアアアアーーッ
野太い咆哮が、途中で断ち切れ。
あたしは視界真っ暗な中にめり込んでいた。




