71 噴霧した
大きな広間はすべての壁に華やかな装飾が施され、天井からいくつも豪華な照明が吊されている。
出入口から最も遠い正面の椅子に、国王が腰かける。四十代くらいの見た目でテオバルト王子とよく似た金髪に碧眼、頬から顎に髭を蓄えている。
その向かって右隣に正妃と第二妃、左隣に第二王子と第三王子が並び座っている。行方不明の王太子と王女たちを除く、王族全員だ。
こうした規模の行事に王女が臨席しないのは通例ということで、隣国も承認しているらしい。要はこの時点で、クーデターで討伐する対象として、王女までは不要ということだろう。
一面臙脂色の絨毯の両側にすでに貴族たちが入場し、おそらく階位順に立ち並びを揃えている。その数、三十名程度だろうか。
「クーネンフェルス王国第三王女殿下、エミーリエ様ご一行が入場されます」
後方から、高らかな宣じの声が上がり。
真後ろの大きな扉が開かれる。
静かに、透き通るようなピンク色のドレスを身に着けた若い女性が、三名の護衛を従えて歩み入ってくる。
ウェーブのかかった淡い栗色の髪を肩より下まで流し、小柄だけど堂々と背筋を伸ばして、生まれ持った王家の威厳を見せつけるように。強い視線を正面から逸らさず、絨毯の上にゆっくり歩みを進める。
その歩みが、国王の十メートルほど手前で止められる。
優雅な仕草で両手がスカートを摘まみ、わずかに膝が折られる。
「国王陛下には初めてお目もじいたします。クーネンフェルス王国第三王女、エミーリエでございます」
「うむ、よくいらした。長旅でさぞお疲れであろう」
「お気遣い、痛み入ります」
「苦しゅうない、もっと近くへ」
「はい、恐れ入ります」
事前に聞いたところでこの辺は、決められた儀礼通りのものらしい。
国王に謁見する高位の者は、一度面前十メートルほどで礼をして挨拶を交わし、その後さらに近寄って会話をする。
国王の面前数メートル、ということは、両脇の王妃や王子たちにも同様に近づくことになる。
近づいたところで鮮やかになった菫色の瞳が、やや左に流れた。
小さな白い手が、腰の隠しに差し込まれる。明らかに、儀礼に合わない動作だ。
視線を向けられたテオバルト王子は、遅れず懐から布を掴み出した。
次の瞬間には、花粉を投げつけられるはず。その被害を免れるための、予定の行動だ。
掴んだ濡れ布を、顔に当てようと持ち上げる。
そのとき。
「わあ!」
王子の手から、布が奪われた。
人の手じゃない。
会場の両脇高所に、換気のための窓が開いている。そこから突然、突風が吹き入って王子の手を直撃したらしい。
碧色の大きな目が、丸く見開かれる。
「食らいなさい!」
高貴とはかけ離れた気炎が王女の紅い口から迸り、白い手が隠しから布を掴み出す。
その刹那。
あたしは、待機していた花台の下から飛び出した。
掴んだ布が振られ、包み込まれた粉が飛散する。
そのまだ小さな散らばりを包むべく、水鉄砲をやや噴霧状に発射!
水流は王女の手を直撃し、投げかけた布と周囲の粉を覆って落下させる。
「陛下、そちらへお避けください!」
両腕で顔を覆って、テオバルト王子が叫んだ。
花粉の吸入はほぼなかったと思われるけど、安心はできない。
さらに続いて、第二王子が椅子を蹴っていた。
「こいつ、食らえ!」
懐から布を取り出し、投擲の動作。
その手を、今度は細くした水鉄砲で射貫いた。
予想『高圧洗浄機』相当の水流が直撃して、勢いよく王子は真後ろへひっくり返っていく。
「狼藉だ、取り押さえよ!」
国王が声を上げる。
は、と返答しながら、後方に控えた護衛たちはまだ動き出さない。何か、足が硬直したみたいな仕草だ。
替わりに、王女の後ろに立っていた隣国の護衛が抜刀して、駆け出した。
王女も、隠し持っていたらしい懐刀を抜いている。
それらの刃先が向くのは、国王夫妻と第三王子だ。
同時に、会場後方から喧噪が湧き起こってきた。西口扉の外らしい。
間もなく西口から、隣国兵と何たら侯爵領兵が雪崩れ込んでくるんだろう。
一方逆の東口は、何らかの力で進入できなくなる可能性が高い。
何よりもその前に、王女の剣の腕は分からないもののおそらく腕の立つ護衛三人が国王夫妻と第三王子に迫っている。国王の護衛はまだ動かない。
――これら全部、何とかしろって? 何の無理ゲーじゃ!
とにかく、時間をかけない!
あたしはすぐさま、王女の足元に駆け寄る。
手加減している暇なし!
足横を駆け抜けながら、風刃!
続けて護衛三人の足元を駆け回り。
風刃!
風刃!
風刃!
続けざまに四人が、その場に蹴躓くみたいに倒れ込む。
「きゃあ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
一刀必殺、片足のアキレス腱を斬ってやったからね。
あとは、こいつらが立ち上がれる前に国王の護衛が動き出して拘束するだろう。
後をも見ず、あたしは会場中心目がけて走り出す。
両側に並ぶ貴族たちは、まだ何が起きたか分からないとばかりに立ちつくしている。
皆視線は前方に向けて、あたしの動きに気がつく者はいないみたいだ。何しろ車高は低いし、臙脂色の絨毯の上に焦茶色は目立たないしね。
そのとき、ドガガ、と轟音を立てて西口扉が開かれた。
わああ、と吶喊の声とともに、次々と武装した兵が殺到してくる。
そちらを見ていると、左側の貴族列から一人の中年男が駆け出した。
「急げ、この場にいる者全員を束縛せよ!」
武装兵に命を発する様子からして、あれがエクヴィルツ(だったか?)侯爵らしい。
西口東口ともに、扉は貴族の並ぶ列より後方にある。その空いた場所に、次々と兵が揃ってきている。
ちらと東口方向を見やると。
扉の内側に立つ番人らしき男が、せっせと閂をかけている様子だ。
番人がなんやら何やらの意思で操られてでもいるのか。
ドンドンと扉が叩かれ。
「何だ」「どうした、何が起きてる」「おいここ、開け」といったくぐもった声が、外から聞こえてくる。
しかしそちらを構っていられず、数を増やしている敵兵に向かう。
その先頭の二十メートルほど手前に、すぐさまあたしは到着していた。
間髪を容れず兵士たちの顔目がけて、水鉄砲。
掃射!
「わあ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
(しつこくて済まんけど)『高圧洗浄機』相当の水流だ。
呆気なく弾き飛ばされ、兵たちは顔を押さえて仰向け将棋倒しになっていく。
残って立っている者目がけ。
掃射!
掃射!
休まず右側、次々乱入の続く西口に向かい直って。
掃射!
掃射!
掃射!
掃射!
「わあ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
今まで以上に、敵の位置が固定されている。相手は例外なく狭まった扉の間を潜ってくるのだから、狙い放題だ。
ほとんどこないだのネズミ相手と同じ気分で、あたしは次々と機銃掃射をくり返していくのだった。




