70 準備した
「こちらから事前に手を打つのは事態悪化を招きかねない、できるのはその場での臨機応変の対応だけ、ですか」
「そう考えるしかなさそうだ」
「当日、私はその会場に入ることができません。国王陛下ご夫妻は味方と思っていいでしょうが、ここまでの情報を事前にお伝えしてはやはり同様に事態悪化に繋がりそうです。となると、殿下お一人でこれに立ち向かっていただくことになってしまいますよ」
「そういうことになるね」
国王に事前にこの件を伝えるには、躊躇う理由が二つある。
第二王子に叛意があるという根拠が、テオバルト王子が見た夢とあたしの盗み聞きしかないということ。ふつうの感覚で、どちらも信じてもらえる公算は低い。
さらに、国王が信じて対策を打ったとしたら、それに神さんがどんな手で対抗してくるか予想がつかないこと。
となるとさっきから検討しているように、相手には予定通りの行動をさせてその場での回避を図っておく方が成功の望みは大きいと思われるんだ。
国王や王妃に事前に伝えておかないとすれば、そちらの安全に配慮する必要は出てくるんだけどね。
それでもここはこの方針でいくしかない、と二人は苦渋の決断という顔を頷き見合わせている。
さて。この会談を神さんが聞いている可能性もあるんだろうけど、結果どう動いてくるか。
かの存在がラノベストーリーに沿った展開を優先することを、願いたいもの。ただそれが、こちらの対処に余る予想外のものになる要素が少ない、というだけなんだけどね。
何とかその条件下でテオバルト王子がうまく動くしかない、そんなことになってしまっている。
翌日には、隣国王女訪問に向けて王宮内での準備の喧噪がこちらまで伝わってきた。
エミーリエ王女ご一行は順調にオイレンベルク王国に入国し、王都へ向けて進行しているとのこと。王女本人は二頭のミーマに載せた輿に乗り、お付きの者たちの歩行に合わせた行軍になっているらしい。
予定通りこの翌日に王都到着、迎賓館に宿泊して、その翌朝こちらの王族と会見することになる。
その会見の場が、正念場ということになるはずだ。
こちらではその大詰めに向けた準備を、第三王子の周囲で密かに進める。
敵の行動は王女と第二王子による花粉投げつけ、という予想に絞る。あとはその後、王女の後方に控える護衛たちの抜刀詰め寄りといったところか。
これに対してテオバルト王子は、濡らした手拭き布を懐に用意する。花粉を投げつけられた瞬間それで顔を覆い、わずかであっても吸い込みを防ぐ。
同時に国王夫妻に向け、大声で回避行動を促す。
何しろあちらの国の研究では、全治していない黒夢病罹患者はその花粉を少しでも吸い込めばほぼまちがいなく魔法爆発を起こす。それに健常者でもその吸い込みで病に罹患する恐れがあり、魔力が高い人間ほどその可能性は高いというのだから、それに該当する国王夫妻には何としても避けてもらわなければならないんだ。
あとは、国王の護衛たちが何とかうまく行動してくれるのを願うだけ、ということになる。
『本来なら王宮側の警備体制で、そんな暴挙はすぐ鎮圧できるはずなんだよ』
『国王王妃、その他王族が揃った場で、そんな態勢がされていないはずがないよね』
『うん』
『だからあとは、そこに神さんの采配がどう加わってくるかだね。最悪その瞬間、国王の警護が全員金縛りで動けなくなっているってことだって、あり得るかもよ』
『それ、強引すぎじゃない?』
『あちらが何処まで自己ルールで無茶を許しているか、だね。ほんと最悪、ここまで来たら何でもアリってことにしてるかも』
『溜息しかないね、もしそうだとすると』
『同意、だね』
王子とそんなやりとりをしながら、もう本番までほぼやることがない。
第三王子やエトヴィンたちの行動としてことさら対策の様子を見せないと決めた以上、ただこのままふつうの準備を進めるだけだ。
この日の午後、王子室を訪問したエトヴィンから新たな報告があった。
大目鼠の征伐に向かった国軍が戻り、現場で合流して後を任せたキュンツェル伯爵領軍からも報告が届いたという。
「結局、国軍の先兵たちとしては後ろに逃したと思われた魔獣がすべて倒されていた、その理由が分からないままのようです」
「まあ、そうだろうね」
息をつく間もなく次々出現する魔獣への対処で、兵士たちに後ろを振り返る余裕はなかったはずだ。もしちらり窺う機会があったとしてもあたしの姿は視認できなかったろうし、水鉄砲の水流も見てとれるかどうか。原因不明のまま重なり倒れていく鼠の様子を捉えるのが、せいぜいだろう。
あの後、現地に国軍の本隊が到着。間もなく、伯爵領軍も着いたらしい。
両軍で協力して魔獣の死骸を埋葬し、あとは伯爵領軍が領地の被害状況を確認することにして、国軍は帰還の途についた。
「伯爵領軍による被害確認というのも、すぐに終了したようです。見るからに畑などに被害の跡はない。魔獣の残党も見当たらない、ということですね。その旨すぐに伯爵に報告、その後王宮に伝書鳥で報せがあったということです」
「調査の結果被害がなかったということなら、ひとまず安心だね」
「はい。改めてハル殿に感謝ですね」
合わせて、数日前のジャイアントモールについてもその後の調査の結果、残り個体の存在は認められなかったという。
ティルピッツ侯爵領でもその後の異常事態発生は見られず、一連の被害は一通り収まったと見ていいようだ。
当の伯爵と侯爵共にそれらの始末を終え、二日後の隣国王女訪問の行事参加のため王宮に向かって出立したらしい。
次の日午後には、クーネンフェルス王国第三王女一行の到着が伝わってきた。
無事、迎賓館でお休みいただく手配が進められているようだ。
テオバルト王子が国王夫妻と夕食を共にした席でも、翌日の行事が予定通り行われる確認がされただけということだ。
顔を合わせた第二王子もふだん通りの振る舞いで、腹に一物持った気配は一切見せていないという。
翌日の国王夫妻への王女の謁見は、午前中に行われる。
前世の学校体育館程度の広さがある会場に、王都に駐在している貴族一通りが集められ、両横に並び立つ。その間に空けられた絨毯敷きの通路を三人程度の護衛を伴った第二王女は通り、最前に座る王族たちの前に進み出ることになる。
国王の脇に四人の護衛が控えるが、その他に会場の中に兵士などは入れない。双方護衛の数は最低限にして、友好のムードを作り出すわけだ。
兵の類いは、会場のすぐ外に控えさせる。例の密談やエトヴィンの話にもあったけど、王女が国から連れてきた数十名が西口の外に待機、こちら王宮警備の兵たちは東口の外に揃えられている。
その西口側の兵力に、密かにエクヴィルツ侯爵領の兵が加わることになっているようだ。
これらの配備や式次第などについてはすでに決定、もう変更の余地はない。
その中で相手はどんな動きを見せてくるか、こちらはどう対応できるか、ということになる。
ということで、こちらの王子はいつも以上に早い頃合い、寝室に下がることになった。
『あとはテオバルト王子の機敏な行動が頼みの綱ってことになるんだからね、今夜はしっかり休みなさい』
『うん分かった、お休みなさい』
『お休み』




