69 密儀した
「はい。それに基づき調べたところ、王子の病は事実と分かり、ヒルパート攻略にも成功しました。エクヴィルツ侯爵閣下のご協力のお陰でもありますが」
公使と家宰のやりとり。
この内容については、初耳だ。クーネンフェルス王国の占い師を介してというなかなか不確かな方法ながら、かの神さんは当事者たちと意思を通じていたらしい。
というか、やっぱり神さんがこの一連の事態に関係していたという事実が、初めて情報として明らかにされたことになる。
「そうですな。我が領からは薬草運搬には先行した護衛を狙う盗賊を手配したし、今回は大目鼠を放つという手を下したわけですが、それを行わずとも神の采配でそれ以上のことがなされたようです」
「はい、神のお告げを信じた甲斐があったというものです。しかし気になるのは、ここへ来てキュンツェル伯爵領とティルピッツ侯爵領の被害については不十分に終わっているという点で」
「うむ。神の采配があったらしいにせよ、効果が今ひとつになっているわけだな」
「はい、それまでがうまく運びすぎていたという見方もできるわけですが。幸い先ほども触れられましたように、この伯爵侯爵の懐柔は果たされなくとも目的達成に大きな齟齬とはなりませぬ。ただあと数日、くれぐれも遺漏のなきよう進める戒めとすべきと思われます」
「なるほどな。すべての者に注意させよう」
被害が不十分に終わった件は、ほぼすべてあたしの介入の結果なんだけどね。当事者たちには大きな阻害要因とは認識されていないみたいだ。
よく分からないわけだけど、これらに関して神さんからの緊急お告げも今のところないんだろう。としたら、あちらもやっぱりあたしについて認識していないと思っていいんじゃないか。
「当日最も留意すべきは、我が国の兵とエクヴィルツ侯爵領兵の西口からの侵入に万全を期し、逆の東口に控えるオイレンベルク王国兵にどれだけ先んじられるか、と言えましょう」
「東口側では俺の息のかかった兵に、全体の動きを阻害する働きをさせることになっている。まず遂行にまちがいはなかろう」
「はい。十分かと思われます」
さらにそうした打ち合わせをいくつか重ね、三人は取りこぼしがないか確認をしている。
「それでは。あとは当日までこうしてお目にかかることは叶いませぬが」
「うむ。とにかくよろしく頼む」
「遺漏なきよう、十分努めて参りましょう」
そうした挨拶を交わし、王子から順に退室していった。
あたしはそれから、一時間ほど待機。人目を忍んで入ってきたカルステンに回収された。
そのまま抱えられて、テオバルト王子の部屋に直行する。
エトヴィンはすでにそこで、王子と向かい合わせに着席していた。
テーブル上に鎮座させてもらい、当然王子を介して応接室の会見模様を報告する。
まず会見が鼎談だったことを告げると、エトヴィンが軽く目を瞠った。
「何と。応接室の使用予定に、エクヴィルツ侯爵家家宰の名は記入されていませんでしたが」
「王子と隣国公使の会見に我が国の貴族が同席では、関係があからさますぎるよね」
「はい。かの家宰は他に知られぬよう密かに加わったのでしょうね。王宮の奥に人目を忍んで入るのは困難ですが、あの応接室までならうまくすれば可能と思われます」
「そういう無理をしてでも、その三者で打ち合わせる必要があったということか。問題はその内容だね。ハル、続けて」
『うん』
盗み聞きした事項を、できるだけ漏れなく一通り伝える。
内容が進むに従って、ますますエトヴィンの目が丸くなっていく。
「――殿下が夢で見たという凶事が、そのまま計画されていたということですか」
「そうなるね。こんな予想、当たってほしくもなかったけど」
「あちらの王女とラインマー殿下、双方から花粉散布が用意されている。かの国の研究では、症状を抑えている程度であればほぼまちがいなく魔法爆発を発生させることができるはず、と」
「そうらしいね」
「その後、クーネンフェルス王国とエクヴィルツ侯爵領の兵が会場に攻め込む、我が国の兵は動きを阻害される、というのですか」
「そういう話のようだ」
「何より衝撃なのは、クーネンフェルス王国の占い師に神のお告げがあった? ヒルパート攻略成功も我々の薬草採取失敗も、神の采配だと。そんな――信じられない話ですが、起きたことを考えると神の意思が働いたと思うしかない部分もあるわけで――何と解釈したらよいものか」
額を擦って、エトヴィンはすっかり混乱の相になっている。
あたしとしてはこの世界の信仰についてよく知らないわけで、神の采配というところをどれだけ信じられるのかも見当つかないのだけど。確かに起きたこといろいろを振り返ると、人間業では不可能としか思えないものがいくつもあるんだ。
先日王子と検討した「ラノベ読者の神さん」とはアプローチが異なるだろうけど、とにかく神の意思の介在を検討に入れざるを得なくなっているということになりそうだ。
「もしそうだとすると、僕にその花粉が投げつけられるとか、あちらの兵が雪崩れ込んでくるとか、本来なら事前に分かっていれば対策のしようがありそうだけど、それが無理ということなのかもしれない。どんな対策をしても、神の采配で強引に実現してしまうとか」
「それでは、我々が何をやっても無駄ということになるじゃないですか!」
「ん――ああ、うん。ハルの意見だけどね、そうだとするとへたに事前対策をしない方がいいんじゃないかって」
「どういう――ことです?」
「対策していることを神に知られたら、別の方法で目的達成に向かわされるかもしれない。そうなったらもう何が起こるか分からなくて、対策のしようがなくなる。一方で例えばその花粉投げつけにしても、事前対策を見せずにその場で僕が身を躱したり口を覆って吸い込むのを防いだりしたら、最悪に到らないかもしれない」
「ああ――そうかもしれませんね」
「逆に言うと、それしか方法はないよ、この事態を打開するには」
「そう――ですか」
最悪の可能性を言えば、今この会話を神は聞いているのかもしれない。だとしたら本当に、ここで事前対策を練ってみせればさらにその対策を打たれてしまうこともあり得るんだ。
あたしの想像が合っているなら、この神さんはできるだけかのラノベのストーリーに沿って目的を達成したいと思っているんじゃないか。
第三王子への花粉投げつけ、そこから発生する魔法爆発。それらは、でき得ればそのまま実現したいに違いない。
でもでも、ここで第三王子側がその対策をすると決めたら。
神さんのいちばんの目的が第二王子のクーデター成功とこの国の破滅だとしたら、魔法爆発については涙を呑んで諦めてでも、先の実現を優先しようとするんじゃないか。
それとももっと強引に魔法爆発を実現させるか。
とにかくそのどちらにしても、神の力でどんな形でゴリ押ししようとするか分からなくなったら、こちらに策の打ちようはなくなる。
ラノベストーリーを知っていて、今日のあの密談内容を盗み聞きして、とりあえずあちらが何をしようとしているか掴んでいることが、わずかながらもこちらのアドバンテージになっているかもしれないんだ。
もしこちらが知っているということを神に知られたとしても、対策をしないことにすれば花粉投げつけはそのまま実現したいんじゃないか。としたら、それだけは実行させた上で切り抜ける方法をあらかじめ考えておくのが得策ということになりそうだ。
あちらが予定通り動くとしたら、対策すべきはこの花粉投げつけと敵兵の会場乱入、というわけか。
西口の敵兵に関しては、扉の警備兵があちらに取り入れられて直ちに進入可能だという。
東口の味方兵は第二王子の息のかかった兵に、動きを阻害されることになっている。もしかするとこちらの扉番にも何か働きかけて、すぐ開かないように手を打っているかもしれない。あの人たちが手を打っていなくても、神さんがそんな干渉をする可能性だってありそうだ。
そんなことをあたしも口出ししながら話し合い、王子とエトヴィンは長々と溜息をついた。




