68 盗聴《ぬすみぎき》した
翌日。
テーブルに向けてコの字型に配置した椅子に、三人の男がかけている。
部屋の中にはあと数名、護衛やお付きの者がそれぞれ壁の近くに立っている。
ようやく挨拶や前置きじみた確認のやりとりを終え。
若い男が切り出す。
「肝腎の件だがな。テオバルトへの治療薬は失敗した、でまちがいない」
「そうでございますか」
「難しいと聞いてはいましたが、首尾通りということで」
「うむ。調薬を行っていた部屋で騒ぎが起きたことは確認されているし、担当していた者から陛下に報告があったということだ。完治に到る治療薬を作るのに失敗し、現在の症状を抑えるのが精一杯であると」
「それであれば、計画通りでよろしいでしょう。我が国での研究では、症状を抑えている程度であればほぼまちがいなく魔法爆発を発生させることができるはずです」
「うむ」
最初の発言が、コの字の縦棒位置に座る第二王子ラインマー。上の横棒位置がエクヴィルツ侯爵家の家宰でアダルブレヒトと名乗っていた。もう一人は、隣国クーネンフェルス王国の公使ボニファーツというそうだ。
時刻は、昼前。
ところは、王宮内の王族用小応接室。
あたしは今、王子背後の壁際、床まで達する飾り布に覆われた鮮やかな花の生けられている花瓶の台、その下の隙間で布袋に包まれ鎮座させられている。
つまりはまあ、在室の者たちに見つからない位置でこの会見模様を盗み聞きしているわけだ。
横倒しの姿勢から潜望鏡を伸ばして室内の有り様をちら見したのは最初だけ、その後はひたすら聞くことに徹している。
端緒となったのは昨夜遅く、エトヴィンが情報を掴んだことだった。翌朝、第二王子とクーネンフェルス王国公使が会う予定が入っていると。
王子と公使が会うこと自体に、不思議はない。
クーネンフェルス王国王女の訪問は、三日後に迫っている。当然公使はこちら王室の担当者と打ち合わせを重ねているだろうけど、第二王子は一方の主役なんだ、直接確認することがあってもおかしくはない。
ただこちらの疑惑として、王子は隣国と加担してクーデターを企んでいると思われる。今回の会談もその打ち合わせが含まれている可能性が高い。
王族が使用する応接室は、当然ながら外に声が漏れないなどの機密性が高くなっている。ふつうなら盗聴などを危ぶむこともなく、安心して秘密のやりとりを交わすことができる。
第三王子の夢(予知or記憶)によって当日起こることの予測はされているものの、こちらにとって確たる証拠は持ち合わせていない。あちらの最終打ち合わせ内容を、ぜひとも聞いておきたいところだ。
昨夜の夢会話でエトヴィンからそうしたことを聞き、打ち合わせ、計画を立てた。テオバルト王子にもあたしから一通りを伝えた。
カルステンへの伝達もあたしが行い、三人の間では一切この件に関して言葉を交わさないようにした。
朝早くカルステンが王子の部屋を訪ね、あたしを受け取る。
朝の清掃が済んだ応接室にあたしを運び、花瓶台の下に隠した。
事前準備は、それだけだ。
そしてこうして、あたしは特等席でトップ階級の密談を拝聴している。
もし見つかったとしても誰かの忘れ物かと思われる程度で、絶対に盗聴行為に気づかれることはないだろう。
――もしそんなのがいたとして、神さんがこの動きを見てどう考えるかは分からないけどね。それでもまず、盗聴を疑うことはないと思う。
先日のあたしの大目鼠征伐に一切邪魔が入らなかったことからすると、神さんが王子部屋での会話やカルステンの行動やにいちいち細かに注意をしているということはないと思われるんだけど、それでも念のためこうした重要事にあたってはできるだけ音声会話を避ける配慮をしておこうということにしているんだ。
そうして耳を傾けていると。
「これをお持ちください」と、公使が何かを取り出したようだ。
「エミーリエ王女殿下が国王陛下にご挨拶する際、横にいるはずの第三王子にこれと同じものを投げつけます。それがうまく届かないなどの不慮が生じた場合、即刻殿下にその行為を引き継いでいただければと」
「うむ、承知した」
第二王子に渡したのは、件の花粉らしい。
テオバルト王子のノベルの記憶では王女がそれを投げつけたというだけだったみたいだけど、さらに念を入れて第二王子も同じものを持つように用意したということになる。
ノベルでもこうしていた裏設定があったのか、こちらの現実でさらに確実性を高めたのか、その辺は分からないけどまったく用意周到なものだ。
なお、エミーリエというのが隣国王女の名前らしい。考えてみるとこの登場人物の名を耳にするのは初めてだ。
かさ、と何かの擦れるみたいな音がして。
「あ、それをみだりに開くのはおやめください。その花粉を吸うと殿下にも病が入る恐れがあります」
「ああ、そうだな」
素直に頷いて、王子は品物を懐にしまったみたいだ。
「その後の手筈ですが」と口を入れたのは、侯爵家家宰のようだ。
「外に控えさせている王女殿下の護衛たるクーネンフェルス王国兵と我が侯爵領軍の兵が会場に入り、臨席の貴族たちの動きを封じます。殿下の側から見て右側、西の口から雪崩れ込む手配ですので、ご記憶ください」
「うむ」
「逆の東口には国軍の警備兵とキュンツェル伯爵領兵、ティルピッツ侯爵領兵が詰めています。こちらは約八十名、あちらは百名超と予想されるのですが、先に進入をして貴族たちを人質に取れば確実にその場を支配できます。何にせよ、あちらの兵が動く前に機先を制することが肝腎です」
「そういうことになるな」
「ただ本来であれば、今日明日にでもそれら伯爵侯爵と交渉しこちらへの協力を取りつける手筈でしたが、支障をきたしているようでして」
「大目鼠を放ったということだったな。それがうまくいっていないのか」
「はい。計画通りですと昨日から本日にかけて伯爵領を蹂躙し、侯爵領に肉薄するという運びだったのですが。その被害の報告が入ってきません。もしやすると征伐に向かった国軍兵が間に合ったのかもしれませぬ。計画段階の計算上は、無理であったはずなのですが」
「何とな。魔獣を放つ場所が遠すぎたのではないのか」
「王領の者の目につかず運搬するには、あれが限度でした。何しろ、二千匹に上る数ですので。もちろん直接伯爵領に運ぶには街道を使うしかなく、人目に触れないという方針から論外ですし」
「であるか――しかしこの策をし損じたとすると、痛いな。王宮の警備に入っている伯爵領兵と侯爵領兵を抑えることができていないわけだな」
「然様です。しかし先ほど申し上げましたように、クーネンフェルス王国兵と我が侯爵領軍の兵がいち早く会場に入り諸侯の押えを果たせれば、遂行に問題はないと存じます。西口の警備兵はこちらに取り入れ、すぐに扉が開かれる算段がついております」
「うむ、それならよかろう」
「これが済みさえすれば殿下が王位に就かれ、お祖父様であるエクヴィルツ侯爵閣下が宰相となり、クーネンフェルス王国と深い絆を結ぶこととなるわけです。是非ともその実現のためにあと三日、遺漏のないよう進めていきたいと存じます」
「うむ、頼む。公使もな。王女殿下ご一行と、十分打ち合わせを行ってくれ」
「畏まりました」
かなりご機嫌の様子で、三人は打ち合わせを続ける。
何とも絵に描いたような「捕らぬ狸」の図だなあ、と思ってしまうけど。
ここまで第三王子サイドでこの計画を事前把握し準備していれば、本来なら確実にこの企みは防げるんだろうけどね。
ここにかの神さんがどんな手出しをしてくるかもしれない、ということを考えると、どうにも楽観のしようがないんだよなあ。
「それにしましても」公使が嘆息する。「先にお伝えしましたように、こちらの第三王子の黒夢病罹患や山越えでヒルパートの地を攻めれば攻略できるであろう、といったことは我が国の占い師に神のお告げがあったわけですが」
「そういうことでしたな。あとは王子殿下のための薬草採取は失敗する、王太子殿下が行方不明となる、キュンツェル伯爵領とティルピッツ侯爵領の小麦収穫に打撃をもたらす災害が起きる、などもですな」




