67 報告した
兵の囲みを抜けてきた魔獣に射撃を続け、逃した個体はいないはずだ。すでに兵士たちの刃にかかったものと合わせて、全滅と思ってまちがいない。
それにしても。あたしが撃砕した数だけでも、下手をすると千に上りそうな気がする。兵たちの戦果がそれより少ないとは思えないので、もしかすると大群移動してきた魔獣の総数は二千以上だったことになるのか。当初予想の二倍だ。
この国軍の尖兵が魔獣通過に間に合ったのは、幸運ということになる。でも手前味噌で申し訳ないけど、あたしがいなかったら大群の半分近くを取り逃がしてしまったことになるんだよね。この先の被害は半減できたことにはなるけど、ここの領内で深刻な小麦収穫減という結果は避けられなかったんじゃないかな。
結果そうなったとして某侯爵による懐柔策が奏功したかは、微妙なところかもしれないけど。
現実には、大被害を阻止できた。
隣国王女の訪問まで、あと五日。
今回と同様の災害を起こしたとしても、もう領や国によるそれへの対策、被害確認の末、懐柔交渉をそれまでに果たす時間の余裕は残らないだろう。
隣国か某侯爵か神さんか、いずれにしてもこちらの策は放棄するしかないんじゃないかね。
何はともあれ。
――頑張って走ってくれたグーズに感謝、だね。
まだ生き残りの魔獣の止め刺しが続く草原を背に、あたしはその場を離脱する。すっかり明るくなった細い道沿いに、目立たないように留意しながら町を目指す。
かなり町に近づいたところで、賑やかな音が接近してきた。
百騎を超えようかという、ミーマ集団の疾走だ。
騎乗しているのはさっきの三十四名と同じに見える装備なので、国軍の兵と思われる。話に出ていた第二陣ということなんだろう。
脇の草叢に潜って、その集団をやり過ごす。
進むにつれ、周囲の畑にのどかな農作業風景が散見されるようになる。まだ早朝なので、それほど忙しそうな様子は見られない。
町の中に入ると、ほとんど通行人の姿はなかった。
それでも人目につかないように、中央通りを避けて一本横の路地を辿ることにする。初めての道だけど方向だけはまちがわないように進み、やがて昨夜グーズに下ろされた店先に到着した。
まだ店は開いてないみたいで、軒先の水桶脇にあのグーズが寝そべっている。一昼夜不眠不休だったのだから、ぐっすり身体を休めているんだろう。この後店が開くと、職員が世話をしてくれることになっているはずだ。
その店の横、狭い路地の隅にあたしは身を潜めた。
この店を目標に、カルステンが拾いに来てくれることになっている。
さっきのミーマ騎乗の国軍よりカルステンは数時間遅れて王宮を出たことになるんだから、同じペースで疾走したとしてあと一~二時間はかかることになるんじゃないか。
気がついて充電残量を見ると、六十パーセントを切っていた。予想より消費量が多い感じだ。それほどあの連続掃射は魔法としてもハードなことになるんだろう。
森などに近いわけではないので効率は今ひとつだけど、何とかここでも充電はできる。のんびり休んで魔力回復に努めようと思う。
そうして、二時間あまり経過。
町中には人の往来が増えてきた。
目の前の店も正面の木戸が開かれて、あのグーズも招き入れられたみたいだ。これで彼もようやく食事をさせてもらえるんだろう。
そうしているうち。
王都方面の道の奥に、ミーマの姿が見えてきた。前回と同じ、赤い布を巻いている。
店の前に向けて走りを緩めるカルステンの姿を確かめ、あたしは路地から這い出る。
「ハル殿、お待たせしました」
やっぱり声をひそめて、護衛はミーマから降り、身を屈めてくる。
背負っていた布袋を開いて、あたしを収納する準備をする。
「目的は果たせたのでしょうか?」
問いかけに、ハンドで頷き返す。
ここでは会話ができないので、やりとりはこれで精一杯だ。
その後カルステンは専門の店に寄ってミーマを交換し、すぐに王都帰還の途についた。
この後は前回の移動と似たことになる。途中一回ミーマを休ませるための休憩をとり、王領に入ったすぐの町でまたミーマを交換、その後は一路王宮を目指す。
合計で一日半あまりの旅路の予定だ。
旅程は、順調に進んだ。
ライナーの町を出てしばらくしたところで、国軍の本隊とすれ違った。進軍を妨げないようにカルステンはミーマから降り、道脇で止まってやり過ごす。
また騎乗に戻る際の独り言報告によると、往きの騎行では本隊が休憩で止まっているのを追い越してきたことになるらしい。
その後も、何事もなく。
ほぼ予定通り、翌日の午後に王宮に到着した。
「戻りました、エトヴィン様」
「ご苦労様。すぐ殿下のお部屋へ移動しよう」
あたしを背負ったカルステンが部屋に入ると、荷物を下ろす暇もとらずエトヴィンはすぐに立ってきた。
無理もないところだよね。今の時間じゃ、王子を介さないとあたしの報告を聞くことができないんだから。
王子の部屋に入り、エトヴィンはソファに向かい合って座る。
そこでようやくカルステンは背負っていた袋を下ろし、テーブルにあたしを置いた。
すぐに王子と通信を繋げ、あたしは一通りの経緯を報告した。
グーズ便による運搬は何事もなく完遂し、昨日の未明にライナーに着いた。
目的の岩地にはまだ夜明け前、暗いうちに到着することができた。
陽が昇ってすぐ、国軍の先兵らしい三十四名がミーマで到着した。
岩地の出口をその兵たちが囲んだので、あたしはその後方に控えることにした。
間もなく、大目鼠の群れが殺到。兵たちが斬りつけていったが、その間を抜けて数匹ずつが飛び出してくる。
それらはすべて、あたしが水鉄砲で仕留めることができた。
結局、征伐は数十ミーダ(分)で終了。
魔獣の総数はおそらく、二千匹程度だったと思われる。
報告が終わると、王子とエトヴィンは顔を見合わせて深々と嘆息している。
「はあ、とにかくもハル殿、ご苦労様でした。二千匹ということは、予想の倍近かったわけですね。少数にせよ国軍が間に合ったというのは幸甚でしたが、ハル殿がいないと半数近くの通過を許していたかもしれない、と」
「正確ではないけどそんな見当だ、と言っている」
「もし千匹が伯爵領に拡散されていれば、当初予想の最悪に近い被害をもたらしていたかもしれません。またしても我が国は、ハル殿に救われたことになりますね」
「そういうことになるね」
「返す返すも、グーズ便に思い当たったのは幸運でした」
「だねえ」
背後でカルステンも、熱心な様子で頷いている。
言葉少なながら、三人は安堵の顔を互いに見合わせた。
「これで、隣国王女訪問前の懸念はほぼ解消されたと思われます。あとは王女のこちら王族との会見の場で、何事も起こらないように準備を整えることですね」
「うん、そうだね」
頷き、王子はさらに声を潜める。
エトヴィンはテーブルの上に身を乗り出し、耳を傾ける。
「まったく根拠も何もないんだけど、こっちの件では今まで以上にいろいろ配慮しておく必要があると思う。エトヴィンの薬草採取に絡んではさまざまに信じられないというか想像を超えたというかそんな妨害が起きたわけだけど、そんなとんでもない事態に到っても不思議ないと思うんだ」
「はい。私もそこを憂慮しています。とにかく考えられる限り、対策しておくべきでしょう」
「とんでもない自然災害が発生するとか、予想してない人物が予想してない行動を起こすとかということになると、対策するにも限度があるだろうけどね」
「はい」
「その範疇に入るか分からないけどね。まずいちばん恐れている魔法爆発を避けるために、僕がその会見の場に居合わせないのが最良なんだろうけど。すでにあちらの国から、会見には王族全員の出席を求める、王太子が建康の都合で出られないことは了解したがそれ以外の方には遺漏なくお願いしたい、と釘を刺すような要求が入っているって」
「何とも強硬が過ぎる気もしますが、今回については我が国もあまり強く出られない立場ですからね」
「そういうことだね」
「殿下の出席は避けられないという前提で、対策を練ることですか」




