13-3 大人として知っておきたい、幸福と孤独と孤立3
大人として、心理学の知見に基づく、「幸福」と「孤独」と「孤立」を知っていれば、何か問題が起きたときに、友人や後輩、我が子に助言をすることができるのではないでしょうか。
「剛、いいか、忘れるなよ。最も重要なことは、日々の暮らし中で、ほんの些細な出来事やほんの小さな喜びに対して、『あぁ〜、なんて幸せなんだろう。』『なんて幸福なんだろう。』と感じる自分の感性を自分自身で育むことが肝要なんだよ。どんな小さなことでも良い。それ以外にも、自分が心から大切にしている家族や親兄弟などの人々に対して、『今日も元気で生きている。あぁ〜、なんて幸せなんだ。』と感じることの積み重ねが、自分のこれまで生きてきた人生に対して、『幸福な人生を過ごしている。』って実感に結び付いていくんだよ。」
「なるほど、晶人さん、納得しました。」
「剛、正しい知識は、知らないよりは知っていた方が良いに決まっている。瞬間的な幸福感を味わうことがとても大切なのさ。」
「例えば、そうだなあ~。」
「ネコちゃんに癒される。」
「ワンちゃんに癒される。」
「オウムやインコ、手乗り文鳥などに癒される。」
「ガーデニングで花々に癒される。」
「写真で花々を取る瞬間が無心になれる。」
「多肉植物に水を与えて癒される。」
「好きな絵やマンガを描いて癒される。」
「好きなプラモデルを作って癒される。」
「写真を取りに行くことで癒される。」
「ドライブで癒される。」
「スイーツを食べて癒される。」
「バイクでツーリングに出かけて癒される。」
「一日中、釣りを楽しんで癒される。」
「ほんの些細な心遣いに感謝する。」
「ビールの美味しさに声あげる。」
「お風呂に入りながら鼻歌を歌う。」
「散歩で野花の美しさに見とれる。」
「XやFBで記事をアップして、『いいね』をされる。」
「だからな、剛、おまえなりの瞬間的な幸福感を大切にしてほしいと思う。」
「自分にとって、いったい何が瞬間的な『幸せ』なのかってことは、そういうことは他人が決めるんじゃない。他人にああだこうだ言われる前に、自分が誰よりも分かってなくちゃならない。ささやかでいい。『あ〜っ、幸福だなぁ。』という気付きをちゃんと自覚しておくこと。」
「それからな、大事なことは、暗闇の中でこそ、星が瞬くのが見えるように、不幸せと思える苦悩の深淵を味わわぬ者は、何が幸せなのか分からぬもんなんだ。自分の涙の重力に気付かぬものに他人の涙に重力に気付くわけがねえ。」
「闇を知らぬ者に光もまたなし」
「そういうこも、ちゃんと弁えておけよ。」
「はい、ご教授ありがとうございます。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」
「なんだそりゃあ、剛。結婚式のスピーチか?」
「ギャハハハハ!ギャハハハハ!ギャハハハハ!ギャハハハハ!」
何でも質問をぶつけたら、ちゃんと返してくれる先輩をもって「幸福」だと感じた剛であった。
するとそこへ、コーヒーカップとたばこを持った、福山智勝と中山勇司朗がやって来た。
「晶人、剛、こんな朝っぱらから何話してんだよ?」
「晶人さんから、心理学における『幸福』の話を聴いていました。」
「おお~、朝っぱらから心理学の『幸福』の話か?興味あるなあ~、晶人、俺たちへもぜひ聴かせてくれよ。」
そこで、晶人は初めから上井戸剛に話した心理学における『幸福』の定義について、福山智勝と中山勇司朗に話して聴かせた。
「自分にとって、いったい何が瞬間的な『幸せ』なのかってことは、自分が誰よりも気付いておかなきゃいけないんだな。それは、足元の生活を見直して、『あ〜っ、幸福だなぁ。』という気付きをちゃんと自覚するわけだな。う~ん、俺にとっちゃ、晩酌の焼酎を飲むことと旨いコーヒーを飲みながらたばこを吸うことだべ。ささやかだけど、『幸せだな~』と感じるんだよ。」
「せやなあ~、取り敢えず家族が事故に遭わずに元気でいてくれたら満足やなあ。」
私(筆者)は、小学校を4校も転校し、過酷ないじめを受けました。髪の毛を一気に10本も引き抜かれ血が噴き出たこともあります。殴られたり蹴られたりは毎日でした。登校中に歩いていると、後ろから猛ダッシュしてきた土屋(仮名)がカバンに飛び蹴りを入れ、ひざと顔をおお怪我したこともあります。また、シューズに牛乳をためられたり、画鋲を何十個も刺されたりしたこともあります。挙句の果ては、引き出しに猫の糞を入れられたことまであります。その当時は、社会的にいじめによる「自殺」という概念がなかったため、「自殺」しませんでしたが、今だったら、どうなっていたか分かりません。私はずっといじめる連中に殺意のような強い怒りの感情を抱きました。兄が中国拳法のジークンドーを学んでいたため、長い期間、地獄のようなトレーニングに耐え続け、見違えるような筋肉と強い心を身に付けました。そして、全校生徒が見ている前で土屋一派を「完全懲悪」したのです。私の人生は幼少期から過酷な人生の連続でした。
また、私は、2度の心肺停止と臨死体験と死後の世界の経験をしています。その内容の詳細も詳しく書かれておりますので、人が死ぬ瞬間というものは具体的にどのような体験をするのか、どんな心情になるのか、どのようなものなのかお読みください。また、教師時代に可愛がっていた教え子を交通事故で亡くし、お母様が身元確認をした瞬間に意識を失くされ、救急搬送されたため、担任である私がその子の身元確認を致しました。私の意識は解離し、無意識の状態でその子の頭を抱えて泣き叫んだそうです。この内容は後で警察署で聞かされました。命は尊いのです。なぜなら儚いからです。私は自分の臨死体験と教え子の死亡事故を体験したために、現在行われている「侵略戦争」「大量虐殺ジェノサイド」には断固反対します。
せめて、異世界の世界だけでも「侵略戦争」を阻止し、平和な世界を構築するために、この物語を構成しました。未熟なアマチュア作家で、文章も未熟ですし、誤字や脱字もあろうかと存じます。しかし、せめて異世界だけでも侵略戦争を完全懲悪する物語を書こうと思いました。未熟な内容ですが、どうぞお付き合いくださいませ。
また、個人的なことを書いて大変申し訳ありませんが、今から約12年前、首の後ろを通る右の椎骨動脈が破裂しました。その結果、延髄梗塞で倒れ生死を彷徨いました。延髄梗塞になった後、難病の中枢性疼痛を発症しました。右顔面は5本ぐらいの包丁で切り刻まれる痛みが脳内で生起します。右顔面には何の傷もないのですが、脳内で痛みが常時生起するのです。これを右顔面知覚障害と言います。また、左下肢は、常時ガスバーナーで燃やされる痛みがあります。天候不良や気圧の変化に敏感で台風や低気圧が来ると、耐えがたい痛みになり、耐えたことにより外因性うつ病を発症しました。外因性うつ病とは、癌の末期患者さんや余命宣告をされた患者さんや生涯、治ることのない線維筋痛症の患者さんがなるうつ病です。死ぬまで激しい痛みになえなければなりません。自死を考えた時期も長かったですが、家族や両親、兄、ぼっけもんずのメンバーのお陰でなんとか自殺を考えずに前を向いて生きていけることができるようになりました。
左下肢温痛覚異常は、氷のバケツに左足を入れても熱く感じる難病です。右ののどの声帯も麻痺しています。左の声帯で声を出すことができます。さらに、右のどの嚥下障害になりました。食べ物が右の肺に入り、生死を彷徨ったこともあります。平衡感覚もないため杖による歩行をしています。こんな難病のため、定職に就くことができず、世界自然遺産屋久杉の美術品を創る事業に携わっていましたが、収入もなく倒産寸前です。ですから、せめて小説だけでも妻に食費の一部を手渡せるようにしたいと考えています。下手な小説や文章ですが、どうぞよろしくお願い致します。読み続けて頂ければ幸甚に存じます。
また、感動する場面などがありましたら、お知り合いの方やご友人などに紹介して下さると幸いです。




