8-3 本当は「ぼっけもんず」の紹介をしたくない、メンバー紹介
本当のメンバー紹介をしてしまうとR変態になるので、R15に抑えました。
3 和田秀吉について
晶人が小学生のころ見た、○○神宮から仲間たちにお賽銭を盗み取らせ、数百段ある階段を改造した自転車で下りながら奇声を発した人物である。小学校の時から「鬼地獄の軍団」という自転車暴走族をつくりあげたリーダーでもある。晶人とは小学6年生の3学期に数学塾で出逢い、仲間になる。
彼の部屋は玄関のすぐ隣にあるため、ぼっけもんずの本拠地になっている。大型犬のコリーを庭で飼っており、きちんと躾けられていた。ちゃんとした名前があるのに、ぼっけもんずのメンバーは勝手に「ライオン丸」と呼び続けていた。博識で問題解決能力が高く、一人でデスクトップを数台も組み立てていた。また、手先が器用で刺繍がとても上手であった。加えて、「鬼地獄の軍団」の初代暴走族の総長で数多くの子分を従えている。中学時代からペットショップで闇バイトをしており、桑田弘正に大きなオウムと成長して帰ってこない伝書鳩を売りつけていた張本人。晶人の父親が所有しているブルーバードの車や勇司朗の車にマッキーペンで落書きをするなど質の悪い過激ないたずらが好きであることから「ウサマ・ビン・ヒデヨシ」と呼ばれる。ぼっけもんずの仲間たちから、「敵に回しても最悪、味方にしたらもっと最悪」と呼ばれるほど手の付けられない人物である。常に柳屋のポマードをべっとり塗りつけたオールバックにしていたが、ペットショップでアルバイトをしていたせいで、常に金蠅が秀吉の髪の毛で3、4匹ひっついてもがいていた。
「おい、秀吉は、敵に回すと途轍もなく恐ろしい奴だが、味方にするともっと恐ろしい奴だから気を付けろよ!だまされんじゃ、ねえべ。」
その言葉は、現在に至るまで名言として受け継がれていることは言うまでもない。
その事案として、こんな事件があった。当時、トレンディードラマというものが世間で流行していて、高い視聴率を叩き出していた。その俳優に素足にデッキシューズや革靴を履く有名な俳優がおり、若者はその真似をするのが定番になっていた。かくいう私も、なけなしの貯金で思い切って1万6千円もするジャックパーセルというブランドの真っ白なデッキシューズを買ったのだ。俺は、誰かに見せたくて、ペットショップに出向き、和田秀吉にジャックパーセルのデッキシューズを見せびらかして自慢していた。
「秀吉、ちょっとトイレを借りるぞ。」
私はお腹が痛くて、トイレに長居することになった。そして、トイレを借りたお礼を秀吉に言うと、秀吉がうすら笑いをしている表情を見かけた。俺は違和感を覚えたが、手を洗い、居間から出ようとすると、俺の買ったばかりのジャックパーセルのデッキシューズにマジックでデカデカと
「加とちゃんシューズ」と書かれているではないか!
俺は激怒して、
「いったい誰がやった!秀吉、お前だろうが!1万6千円もしたんだぞ!」
と吠えたてると、秀吉は、
「ピュッ、ピュッ、ピュー!ピュッ、ピュッ、ピュー!ピュッ、ピュッ、ピュー!」
と口笛を拭いていたのだ。
「秀吉、お前だろうが、コラッ!」
と怒鳴ると、
「知らねえし・・・。」
としらを通そうとするのだが、その左手には黒のマッキーペンが握られているのであった。
「晶人、お前が嫌味たらたら、俺にジャックパーセルのデッキシューズを自慢しに来るからやったのよ!」
とついに口を割った。最悪だった。
「このデッキシューズのどこが、『加とちゃん』シューズなんだよ!」
と怒りをぶちまけると、
「だってよお~、ドリフターズのみんな、お前のシューズ履いているじぇねえか!」
と答えた。俺は、
「あれは、『ズック』って言うんだよ!駅の掃除のおばちゃんが履いているズックだよ!」
と言うと、
「お前が、見せびらかして生意気だからやったのよ!」
と本性を現した。デッキシューズの表面にもかかとにもデカデカとマッキーペンの太字で「加とちゃんシューズ」と書かれたのだ。秀吉を檀中一撃で吹き飛ばそうと考えたが、周りは全部コンクリートだったので逡巡した。
それよりも、一刻も早く帰宅してハイターに入れて、このマジックを消さねばならないという焦りから、「加とちゃんシューズ」と書かれたデッキシューズを恥ずかしげもなく履いて、走って家に帰り、バケツにハイターを入れてデッキシューズをいれたが、マジックが繊維の奥まで染み込んでおちなかったのだ。仕方がなく、方法を考えて、直接、ハイターを靴の表面とかかとにかけて、靴洗用のブラシでこすったのだが、ほとんどかわらなかった。そればかりでなく、靴の布が傷みだし、破けてきたのだった。
それ以来、私は、二度とデッキシューズを履くことはできなかった。その様子を見ていた母からは、「晶人、友達を選びなさい。」といわれ、父からは思い切り笑われて、「晶人、お前の友達はおもしろいなあ。」と言われる始末だった。
俺はその怨みをずっと忘れなかった。いつか絶対仕返しをしてやると決めていた。
その数年後、二十歳を過ぎて秀吉が有名な隣県の会社に就職し、半年間、長期出張をすると聞いていたので、俺は秀吉のマンションにいたずらをしようと決めた。大きなカレンダーを4枚セロハンテープで繋げ、マッキーのマジックペンでデカデカと「和田秀吉結婚相談事務所 人妻大募集!」と書いた紙をマンションのドアにガムテープで貼ったのだ。しかも、玄関の内カギがポストに磁石で貼ってあることを知っていたので、磁石から内カギを外し、そのままポストの中に「ポトン!」と落としてやったのだ。
半年後、秀吉は自宅のマンションの住人にジロジロ見られ違和感を覚えたそうだ。
そして、内カギが磁石から外れて落ちていたため、大きな不動産会社にスペアーキーを借りようとしたところ、社長さんから、
「和田さん、変な事務所を開かないで下さい!何が人妻大募集ですか!隣人にも多大な迷惑をかけているんですよ!契約違反行為じゃないですか!」
と怒鳴られ、そのマンションに住むことができなくなり、秀吉は引っ越したことは言うまでもねえ。
言葉遣いの癖は、時折、「~じゃっどが。」(鹿児島弁:~だぞ)と「~じゃっちよ。」(鹿児島弁:~なんだよ)を用いる。




