2-5 大爆笑!愉快な仲間たち 3
「おい、秀吉は、敵に回すと途轍もなく恐ろしい奴だが、味方にするともっと恐ろしい奴だから気を付けろよ!だまされんじゃ、ねえべ。」
という言葉を伝えた。その言葉は、現在に至るまで名言として受け継がれていることは言うまでもない。
その事案として、こんな事件があった。当時、トレンディードラマというものが世間で流行していて、高い視聴率を叩き出していた。その俳優に素足にデッキシューズや革靴を履く有名な俳優がおり、若者はその真似をするのが定番になっていた。かくいう私も、なけなしの貯金で思い切って1万6千円もするジャックパーセルというブランドの真っ白なデッキシューズを買ったのだ。俺は、誰かに見せたくて、ペットショップに出向き、和田秀吉にジャックパーセルのデッキシューズを見せびらかして自慢していた。
「秀吉、ちょっとトイレを借りるぞ。」
私はお腹が痛くて、トイレに長居することになった。そして、トイレを借りたお礼を秀吉に言うと、秀吉がうすら笑いをしている表情を見かけた。俺は違和感を覚えたが、手を洗い、居間から出ようとすると、俺の買ったばかりのジャックパーセルのデッキシューズにマジックでデカデカと
「加とちゃんシューズ」と書かれているではないか!
俺は激怒して、
「いったい誰がやった!秀吉、お前だろうが!1万6千円もしたんだぞ!」
と吠えたてると、秀吉は、
「ピュッ、ピュッ、ピュー!ピュッ、ピュッ、ピュー!ピュッ、ピュッ、ピュー!」
と口笛を拭いていたのだ。
「秀吉、お前だろうが、コラッ!」
と怒鳴ると、
「知らねえし・・・。」
としらを通そうとするのだが、その左手には黒のマッキーペンが握られているのであった。
「晶人、お前が嫌味たらたら、俺にジャックパーセルのデッキシューズを自慢しに来るからやったのよ!」
とついに口を割った。最悪だった。
「このデッキシューズのどこが、『加とちゃん』シューズなんだよ!」
と怒りをぶちまけると、
「だってよお~、ドリフターズのみんな、お前のシューズ履いているじぇねえか!」
と答えた。俺は、
「あれは、『ズック』って言うんだよ!駅の掃除のおばちゃんが履いているズックだよ!」
と言うと、
「お前が、見せびらかして生意気だからやったのよ!」
と本性を現した。デッキシューズの表面にもかかとにもデカデカとマッキーペンの太字で「加とちゃんシューズ」と書かれたのだ。秀吉を檀中一撃で吹き飛ばそうと考えたが、周りは全部コンクリートだったので逡巡した。
それよりも、一刻も早く帰宅してハイターに入れて、このマジックを消さねばならないという焦りから、「加とちゃんシューズ」と書かれたデッキシューズを恥ずかしげもなく履いて、走って家に帰り、バケツにハイターを入れてデッキシューズをいれたが、マジックが繊維の奥まで染み込んでおちなかったのだ。仕方がなく、方法を考えて、直接、ハイターを靴の表面とかかとにかけて、靴洗用のブラシでこすったのだが、ほとんどかわらなかった。そればかりでなく、靴の布が傷みだし、破けてきたのだった。
それ以来、私は、二度とデッキシューズを履くことはできなかった。その様子を見ていた母からは、「晶人、友達を選びなさい。」といわれ、父からは思い切り笑われて、「晶人、お前の友達はおもしろいなあ。」と言われる始末だった。
俺はその怨みをずっと忘れなかった。いつか絶対仕返しをしてやると決めていた。
その数年後、二十歳を過ぎて秀吉が有名な隣県の会社に就職し、半年間、長期出張をすると聞いていたので、俺は秀吉のマンションにいたずらをしようと決めた。大きなカレンダーを4枚セロハンテープで繋げ、マッキーのマジックペンでデカデカと「和田秀吉結婚相談事務所 人妻大募集!」と書いた紙をマンションのドアにガムテープで貼ったのだ。しかも、玄関の内カギがポストに磁石で貼ってあることを知っていたので、磁石から内カギを外し、そのままポストの中に「ポトン!」と落としてやったのだ。
半年後、秀吉は自宅のマンションの住人にジロジロ見られ違和感を覚えたそうだ。
そして、内カギが磁石から外れて落ちていたため、大きな不動産会社にスペアーキーを借りようとしたところ、社長さんから、
「和田さん、変な事務所を開かないで下さい!何が人妻大募集ですか!隣人にも多大な迷惑をかけているんですよ!契約違反行為じゃないですか!」
と怒鳴られ、そのマンションに住むことができなくなり、秀吉は引っ越したことは言うまでもねえ。
さらに、野田溜之介は、不良たちが学生服を買っている洋服店に私を半ば強制的に連れて行き、学生服の内側に虎と龍の刺繍入った長ラン(裾が広がり長い上着のこと)を購入した。店のおばちゃんが野田溜之介の体に併せて裁断をしようと申し出たが、野田はその申し出を断り、早速、次の日に学校へその長ランを着けてきた。
だが、あまりにも上着が長すぎて、大奥の行列のように歩いていたのだ。みんな、その姿を見て笑っていたが、本人にバレるとキレる恐れがあるため、必死で笑いをこらえていた。すると、あろうことか野田溜之介は長ランの裾を自分で踏みつけて廊下で倒れたのだ。その場にいた全員は知らぬふりをしながら必死で笑いを口の中でこらえていた。
加えて、白部和隆は、「喧嘩番長」と呼ばれていた。私が中学3年生のとき、なんと同じクラスに福山智勝、白部和隆、中鳥俊二と同じクラスになってしまったのだ。廊下に張り出された名簿を見て私は目の前が真っ暗になり倒れそうになった。白部和隆は、武闘派で常に肩で風を切って歩いているような奴だった。一日に3回もタイマン勝負をするような危険人物だった。その白部和隆が、他のクラスの井田健一という奴とタイマン勝負をする噂が広がった。井田健一もそれなりに喧嘩が強いらしく、いつも番長格の奴の隣にいる奴だった。
私はタイマンの場所を聞いていなかったが、体育館の中から大声が聞こえてきた。どうやら白部和隆が体育館の地下倉庫で井田健一とタイマンになることになったらしい。私は、急いで駆け付けてタイマンの一部始終を見ていた。勿論、白部和隆の味方だ。
白部和隆は、ボクシングスタイルの構えで顎をガードしながら接近戦で井田健一の顔面やボディーにクリーンヒットをあびせていた。私は、「こりゃあ、和隆ペースで終わりだな。」と思った瞬間、和隆は、あろうことか、床のタイルで足を滑らせ、自分の後頭部をしこたまタイルで痛打したのだ。起き上がることのできない和隆の上に井田健一は、ここぞとばかり馬乗りになり、顔面を殴り続けた。
「ボコッ、ボコッ、ボコッ、ボコッ。」
俺はこれ以上殴られるのが危険だと判断して止めに入った。
「井田、勝負はついているだろうが。止めろ。」
タイマン勝負はそこで終わった。それ以降、その喧嘩の話はタブーになってしまった。あまりにも悲劇だった。しかし、白部和隆は、高校時代も他校の生徒13人を相手に河原で喧嘩をするような無鉄砲な奴だった。その喧嘩に気付いたぼっけもんずの福山智勝ら数人が加わり、大乱闘の末、他校の13名をボコボコにしたという。
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