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理(ことわり)を綴り直す無能  作者: 最後に残った形
後日談

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第1章 第2話:継ぎ接ぎの神話


 かつての管理局の残骸が、巨大な鉄の墓標のようにそびえる旧市街。

 カイルはレイスに連れられ、薄暗い地下街の通路を歩いていた。ここは現在、公的な記録から消された「魔法の残滓」が取引される、アイギスの暗部だった。


「……ひどい匂いだ。焦げた魔力と、人間の欲が混ざっている」

 カイルは鼻を突き、汚れた作業着の襟を立てた。

 今の彼には、かつてのように空間そのものを清浄化する術はない。ただ、空気の重さを肌で感じ、不快感に耐えるしかないのだ。


「カイルさん、見てください。あそこで売られているのが『記憶の結晶メモリ』です」

 レイスが指差した先では、怪しげな商人たちが、鈍く光る石を高く掲げていた。

「かつてのあなたが書き換え、消去したはずの『因果のゴミ』……。それを拾い集め、他人の脳に強制的に上書きすることで、偽りの幸福を売る商売が流行っている」


 カイルは、その石の一つを手に取った。

 指先に触れた瞬間、微かな虹色のノイズが走る。それは紛れもなく、彼がかつてリナを守るために、あるいは大立ち回りの際に「無かったこと」にした事実の残滓だった。


「……俺が捨てたゴミを、神の奇跡だと信じて買う奴がいるのか」

「魔法を失った世界は、それほどまでに脆い。……おっと、客が来たようだ」


 地下街の奥から、数人の屈強な男たちが現れた。彼らは管理局の模造品のような制服を纏い、粗悪な魔導銃を構えている。その中心にいるのは、カイルがかつて「理」の断片を与えてしまった、名もなき小悪党だった。


「よう、記録官。また嗅ぎ回りに来たのか? ……ん、そこの汚ねえ作業員は誰だ?」

 小悪党はカイルの顔を覗き込み、下卑た笑いを浮かべた。

「……どこかで見た顔だな。あぁ、そうだ。管理局の足元を掃除してた、あの『Gランク』の無能か!」


 カイルは黙って頭を下げ、卑屈な笑みを作った。

「ええ、ただの通りすがりの清掃員ですよ。……旦那、その手に持っている石、あまり弄らない方がいい。中身の数式が『腐って』いる。そのまま使うと、使う側の脳が、昨日の夕食の記憶ごと消し飛ぶぞ」


「あぁ!? 何を抜かすか、この無能が! これは『真理の王』が残した聖なる破片だぞ!」

 男がカイルの胸ぐらを掴もうとした、その瞬間。


 カイルは魔法ではなく、ただの「重力と摩擦の理」を利用した。

 掴まれようとする瞬間に重心を下げ、足元の濡れたタイルに男の靴を滑り込ませる。さらに、男がバランスを崩した拍子に、その手首の特定の神経を、不器用な、しかし確実な指先で圧迫した。


「が……あ、ああっ!?」

 男の手から結晶が零れ落ちる。

 カイルはそれを空中で(かつての神業のような反射ではなく、必死の思いで)掴み取ると、地面に叩きつけて粉砕した。


「な、何しやがる……! 殺せ! こいつを今すぐ殺せ!」


 男たちが一斉に魔導銃を構える。

 カイルの背中に冷たい汗が流れる。

 (……さて。ここから先は、レイス。君の仕事だ。俺にはもう、弾丸を花びらに変える力はないからね)


 カイルはわざとらしく腰を抜かして転がりながら、背後のレイスに合図を送った。

 レイスは溜息をつき、隠し持っていた特殊な「魔力中和手榴弾」を投擲した。

 魔法が消えた世界で、魔法に執着する者たちへの、最も効果的な物理的回答。


 爆音と煙の中、カイルはレイスの手を借りて立ち上がった。

「……助かったよ。やっぱり、無能には無能なりの戦い方があるな」


「……あなたの『不器用な動き』、やはり見ていて飽きませんね。計算された転倒、そして物理法則への深い洞察。あなたは、力を失っても、やはりことわりの主だ」


 レイスは皮肉げに笑い、手帳に新たな一行を書き加えた。

 カイルは、砕け散った石の破片を見つめ、静かに呟いた。


「……次は、リナの学校のバザーの準備があるんだ。こんなところで油を売ってる場合じゃないんだよ、記録官」


 二人は、煙の立ち込める地下街を後にした。

 カイルの手には、魔法の輝きではなく、泥と油の汚れだけが残っていた。

 だが、その手は確かに、かつてよりもずっと強く、現実を握りしめていた。

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