第34話 聖女レイナ11歳編 レイナ11歳の春
王国はかつてないほど繁栄していた。瘴気はほとんど影を潜め、作物は豊作続き、人々の笑顔は街にあふれていた。
聖女アカデミーは二期生を迎え、生徒数は50人に増えていた。
一期生の中には、すでにわずかながら「癒しの手」を覚えた子も現れ、レイナの教えが確実に受け継がれつつあった。
ある晴れた午後、レイナは城の庭で、マルコムと「魔法」の練習をしていた。
「さて、レイナ様、今日は遠くのものを感じる練習をしてみましょう」
マルコムが言った。
老魔術師長は今ではレイナの最も熱心な指導者の一人となっていた。
レイナは目を閉じ、深呼吸をした。
彼女の周りには微かな光が揺らめき始めた。
「東の森……うさぎさんたち、にんじんを食べてる。楽しそう」
「南の川……お魚さんたち、新しいお家を作ってる。わあ、きれいな石がいっぱい」
「西の山……とりさんが、赤ちゃんに歌を教えてる。優しい歌だなあ」
マルコムは記録を取る手を止め、ただただ感嘆の目でレイナを見つめた。
「素晴らしい……いや、驚くべきです。通常、遠隔感知魔法は10年の修行を要するというのに」
レイナは目を開け、首をかしげた。
「でも、マルコムさん、これって魔法じゃないんですよ。ただ……みんなの声が聞こえるだけ」
「それがまさに『聖女の耳』ですよ、レイナ様」
その時、庭の隅からガサガサという音がした。
見ると、庭師のジョンがバケツをひっくり返し、水浸しになって転んでいた。
「あらら、大丈夫ですか、ジョンさん!」
レイナが駆け寄ると、ジョンは真っ赤な顔で立ち上がろうとしていた。
「す、すみません、レイナ様!バケツが滑ってしまいまして……」
マルコムがため息をついた。
「ジョン、今月3度目だな。どうやら君は水の妖精に好かれているようだ」
レイナはクスッと笑い、手を差し伸べた。
彼女の手から柔らかな光が漏れ、ジョンの服の水気がたちまち消えていった。
「あ、ありがとうございます!でも、レイナ様、こんなことで聖女の力を使わなくても……」
「大丈夫ですよ。それに」
レイナはウインクした。
「今のは魔法じゃありません。ただ、太陽の光をちょっと集めただけですから」
マルコムがメモを取る。
「新たな応用法……日光乾燥術か。ただし、ジョン専用のバケツ滑り止め魔法も開発が必要かもしれんな」
その時、中庭から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。アカデミーの生徒たちが、今日の授業を終えて庭に集まっていた。
「レイナ先生!見てください、私、葉っぱを金色にできました!」
7歳のエミリーが が、金色に輝く一枚の葉を誇らしげに掲げて走ってきた。
「わあ、すごい!でも、エミリー、それは……」
レイナが言いかけたとき、葉っぱはパチンとはじけ、金色の粉を周りに撒き散らした。エミリーもマルコムもジョンも、顔中が金色に染まった。
一瞬の沈黙の後、レイナが吹き出した。
「ごめんね、エミリー。でも、金色のマルコムさん、なかなかお似合いですよ!」
マルコムは顔の粉を払おうとしたが、逆に広がるばかり。ジョンは金色のひげを触りながら大笑いし、エミリーは申し訳なさそうにしながらも、くすくす笑っていた。
「まあ、まあ」
マルコムが諦めたように言った。
「これも貴重な学習記録だ。『過剰な光の付与による植物細胞の破裂現象』とでも名付けよう」
ジョンは自分の金色に染まったひげを触りながら、ゲラゲラ笑い始めた。
「ははは!マルコム様、あなたもついに私の『水浸しクラブ』から『金色クラブ』に移籍ですね!」
エミリーは最初は申し訳なさそうにしていたが、周りの生徒たちの笑い声に誘われて、くすくす笑い出した。
レイナは笑いながら、手を振った。
優しい風が吹き、3人の顔から金色の粉がそっと舞い上がり、夕日に照らされてきらめいた。
「今日はこれでおしまい。みんな、お疲れ様!」
生徒たちが去っていく中、マルコムはレイナを見つめて言った。
「レイナ様、あなたが教えているのは魔法ではありません。笑顔の作り方ですな」
レイナはにっこり笑った。
「それでいいんです。だって、笑顔こそが一番の癒しですから」
遠くから、西の山の鳥たちの優しい歌声が風に乗って聞こえてきた。
王国の春は、今日も平和で、ちょっと可笑しくて、そしてとても温かかった。




