第16話 聖女レイナ7歳編 レイナの悩み
7歳になったレイナにも、小さな悩みが生まれていた。
ある雨の午後、彼女は母親のエラの膝の上で、珍しくしょんぼりしていた。
「どうしたの、レイナ?」
「……ねえ、ママ。レイナ、ちょっとだけ、こまったことがあるの」
エラは娘の髪を優しく撫でた。
「どんなこと?」
「みんながね、『レイナさま』ってよんで、おじぎをするんだよ」
レイナは小さなため息をついた。
「ジャックおじさん(宮廷庭師)とは、はなしてるときは『レイナちゃん』ってよんでくれるのに、ほかのひとがみてると、すぐ『レイナさま』になっちゃうの」
エラは微笑んだ。
「それはみんながレイナを大切に思ってるからよ」
「でも、レイナ、みんなと、もっとおともだちのようにあそびたいんだよ。『さま』つきだと、ちょっとだけ、とおいかんじがするの」
その夜、レイナは王にこの悩みを打ち明けた。
王はしばらく考え、そして提案した。
「ではこうしよう。公的な場では『レイナ様』だが、プライベートでは、それぞれが親しみを込めた呼び方で呼ぶことを許そう」
王はレイナの小さな頭を撫でながら、こう続けた。
「ただし、これは王宮の新しい習慣になる。みんながルールを守れるか、レイナが責任を持って見ていてくれるか?」
レイナの目が輝いた。
「うん!レイナ、がんばる!」
翌日から、王宮では新しい習慣が生まれた。
朝の謁見では、レイナはきちんと整えた衣装を身にまとい、「レイナ様」と呼ばれながら、小さな聖女としての役割を果たした。
しかし、午後の遊び時間が始まると、王宮の雰囲気が変わった。
庭師のジャックが、手に花の種を持って近づき、「レイナちゃん、今日は新しい花の種を持ってきたよ!春に咲く、とてもきれいな花だよ!」と呼びかけた。レイナは嬉しそうに跳びはね、ジャックの手の種を覗き込んだ。
厨房では、料理長が新しいクッキーの型を掲げながら、「レイナ、新しいクッキーの型を見つけたんだ、一緒に試してみないか?星の形と月の形があるよ!」と声をかけた。
レイナは「ママも呼んで!」と言い、エラと一緒に厨房に入って、クッキー作りを始めた。
衛兵たちも、訓練の合間に「レイナ、今日は鬼ごっこをする?」と提案し、レイナは「でも、レイナ、早く走れるよ!」と宣言して、王宮の庭で一緒に遊んだ。
この新しい習慣は、王宮に少しずつ広がった。
最初は少しぎこちなかったが、レイナの笑顔を見て、誰もが自然にこのルールに慣れた。公的な場では敬意を払い、プライベートでは親しみを込める。
この二つのバランスが、王宮に新たな温かさをもたらした。
レイナの笑顔がさらに輝くようになった。
彼女は朝は「レイナ様」としての責任を学び、午後は「レイナちゃん」や「レイナ」としての楽しみを味わった。
この小さな聖女の悩みは、王宮全体を少しだけ、しかし確実に変えた。
雨の午後に始まった小さな悩みは、王宮の新しい習慣となり、レイナの毎日をより豊かに彩った。
そして、彼女はこの経験から、立場と心のバランスという、大切なことを学び始めたのだ。




