第10話 聖女レイナ5歳編 3段ケーキと笑顔の真理
王宮の広間で、アルドリック王は重臣たちと向き合っていた。
議題は「聖女レイナ様の6歳の誕生日祝いについて」だった。
10歳のクリス王子も真剣な面持ちで参加している。
「ケーキはもちろん、特大でなければなりません!」
料理長が拳を振り上げた。
財務大臣がため息をつく。
「でも去年、彼女が『もっとちょうだい』と言って、厨房が3日間休業することになりました」
「それなら、2段ケーキにしましょう」
内務長官が提案した。
「1段目は彼女が食べ、2段目は国民に配るのです」
王は議論を聞きながら、窓の外を見つめた。
中庭では、レイナが騎士たちと「鬼ごっこ」をしていた。
金色の巻き毛が陽光に輝き、重そうな鎧を着た騎士たちが小さな影に翻弄されていた。
ローレンス騎士がよろめき、地面に手をつく。
「鬼さん、つかまえた!」
レイナが駆け寄る。
「いや、私は転んだだけです、レイナ様……」
「いたいのいたいの、とんでけ〜!」
レイナが彼の額に手を当てる。
ローレンス騎士はぱっと立ち上がり、周りの騎士たちから笑い声が上がった。
「陛下、あの……儀式の件ですが」
財務大臣が声をかけた。
王は振り返り、ゆっくりと微笑んだ。
「儀式は簡素に。レイナが退屈しないように、何か楽しいことを考えてくれ」
会議はたちまち騒然となった。
廷臣たちが書類を持って走り回る横で、料理長が「レイナ様の分はイチゴを10倍に!」と主張し、学者たちは「いや、栄養のバランスが!」と叫び、衣装係は「ドレスは虹色がいいですか?七色全部縫い込めます!」と提案する。
会議が終わり、王が執務室に戻ると、ドアの隙間から金色の巻き毛が覗いていた。
「おじいちゃん王様! ねぇねぇ、今日ね、騎士さんたちとおにごっこしたよ! あのね、ローレンスさん、ころんじゃったの! でね、レイナが『いたいのいたいの、とんでけ〜』ってしたら、すぐに元気になったよ!」
王はレイナを抱き上げ、窓辺に連れて行った。
そこからは、瘴気が消え、緑がよみがえった王国の平原が見渡せた。
「レイナ、あの広い土地が見えるか」
「うん! きれい!」
「あれは、そなたがみんなを笑顔にしたからこそ、こんなに美しいのだよ」
レイナは王のひげをそっと触りながら、考え込むような顔をした。
「でもね、おじいちゃん王様」
「何だね?」
「レイナが笑顔にするんじゃないよ」
彼女は真剣な目で王を見上げた。
「みんながもともと笑顔になりたいんだよ。レイナは……お手伝いしてるだけ」
王は言葉を失った。
そして、この5歳の少女が、賢者たちが数百年かけて理解できなかった真理を、あまりにも自然に口にしたことに気づいた。
笑顔は外から与えるものではなく、内側から湧き上がるもの。彼女はただ、そのきっかけを作っているだけだった。
「……そうか」
王は深く頷いた。
「ならば、もっとお手伝いする機会を作ろう」
「え?」
王は執務室のドアを開け、まだ廊下で議論している重臣たちに声をかけた。
「ケーキは三段にする!」
一同が静かになった。
「一段目はレイナと家族、二段目は廷臣、三段目は城の門で配ろう」
王はレイナを高く抱き上げた。
「それから、城の中庭で大道芸人を呼べ!手品も綱渡りも、ピエロも、レイナが好きなものを全部だ!」
「やったー!」
レイナが手を振る。
財務大臣が青ざめた。
「三段!?予算が……」
「笑顔は分ければ分けるほど増えるのだから、予算も同様だ」
王はいたずらっぽくウインクした。
「そうだろう、レイナ?」
「うん!だって、ケーキをみんなで食べると、一人で食べるよりおいしいよ!騎士さんたちとおにごっこするのも、一人で走るより楽しいし!」
「じゃあ、ケーキは四段にしましょうか?」
料理長が目を輝かせる。
「まずは三段で始めよう」
王が笑った。
「でないと、厨房がまた休業する」
窓の外では、月明かりが王国を優しく照らしていた。
そしてどこからか、小さな女の子の笑い声が、風に乗って聞こえてくるような気がした。




