第五章 本当に汽車がきた!
その後……。
ここを語ると長くなってしまうので割愛しますが、ミコ様はもはや怨霊というのも生ぬるい化け物と化した姉様と死闘の末、姉様を地獄の使者(どうも鬼なのだそうです)に引き渡すことに成功したそうです。
犠牲者は、あの『おまじない』に手を出してしまった娘と、例の関係を持った女2名。
そして……ミコ様自身の約30年分の、寿命。
こうして、そのどこにも載っていない戦いの数か月後、42とは思えぬ老いさばらえた姿になったミコ様は息を引き取った……
かに思えました。
「そしたらばたまげだよぉ。この神社の離れで目が覚めでぇ。ついでにもう何十年前に死んでたはずのじい様たちもいでよぉ。」
たまげだ…『たまげた』か。私は慌てて脳内で翻訳しています。
「私どもはもともと歴代のミコ様の世話をしておったのです。それでもう天寿は全うしておったはずなんですが……」
タジロウさんも苦笑いしています。
「それで、そこの囲炉裏の前さ小さな鬼様が座ってらっしゃっただよ。で、こうおわっしゃっただ」
― あれからアレの魂は裁きを受け、地獄に落とした。今責め苦を受けている。
― だがアレの魂はこちらの予想していた以上に大勢の命を食ってしまっておった。手始めに地獄の業火の中に放り込んだところ、喰った魂がびちゃりとはじけ飛び、この世に逃げ込んでしまった。
姉様の罪の深さを見誤ったこちらの手落ちだ、すまぬと鬼はおいおいと泣いたそうです。
―アレが喰った魂はもはや、アレの感情に引きずられほとんど同化してしもうておる。いわば……アレの『残滓』だ。そなたにはここでもうしばらくとどまり、その残滓を地獄に送り届けてもらわねばならなくなった。
「亜希子さん。ところで今は西暦何年だか?」
不意にミコ様はこう聞いてきました。
「えっと……2004年です。」
つい最近年が明けたので間違えそうになりました。
「んだか。俺が死んだのは昭和50年だぁ。25年も経っただか。車は空飛んでねぇべな?」
ミコ様、突然茶目っ気を出すのでこちらはびっくりしてしまう時があります。私は笑ってしまいました。
「ミコ様は、ずっとここにおられるのですか。ここで、あの黒い煙みたいなのを……」
私は聞いてみます。
「んだ。ここはこの世ともあの世とも……狭間のようなもんで。あと結界が張られであっから、俺たちは出らんねだ。それで、姉様の残滓をここまで誘い込んで、これで……」
と言ってミコ様は傍らにあったあの弓をすっと私の前に差し出し、「地獄さ届けてんだぁ。」
ようやくあと5体まで来た。とミコ様はため息とともに言います。
私は弓には触らず、見るにとどめました。
弓道で使うような、大きなものではありませんでした。ただの枝に、紐を括り付けただけのように見えます。
しかしこれが、あの彼女と姉様の残滓を倒したのです。
「あの、彼女はどうやってあの残滓に取りつかれたのでしょうか。彼女はどうなったのか……」
「うむ。それは一つ目しか、答えらんねぇべな」
ミコ様は言って、「あの若いコはな。姉様の夫の女の末裔だ。遠いんだども、血サつながっでる。ひょっとしたら、あのおまじないを聞いただかなにかしたかもしんねぇべよ」
少なくともあの『おまじない』は間違いなくやってる、とミコ様は言います。
「あと『どうなったか』……それはここから帰ったら分かるべよ。……おお、そろそろか?」
ミコ様が声をかけると古い木の扉ががらりと開き、白髪頭のおじいさんがのっそりあらわれました。
タジロウさんは後ろに控えていたので、別の方です。
「あと10分です」
「んだか。それはそろそろ行った方が」
ミコ様は私にうなずいて見せます。
「ミコ様、本当にありがとうございました。」
私は手をつき頭を下げました。
「せば。まだなぁ」
ミコ様は鷹揚に手を振りました。
「おねえさん」
そこへ先ほどの白髪のおじいさんが私に声をかけ、「これ、おねえさんのだか?」
なんと、それは背負ってた黒いリュックでした。
しかし先ほど襲われたときにナイフでめった刺しにされたので、穴が空きまくってもう使えそうにありません。
(ひとまず財布とケータイだけコートのポケットに入れて、あとは物が落ちないように抱えていくかな……)
「ありがとうございます。助かりました」
私は立ち上がると、また頭を下げました。
言われた通りに道を歩くと、本当に駅がありました。
ホームまでは急な階段が五段ほどあるだけで、改札がありません。
雪はやんでいます。
今何時なんだろう。
携帯をパカリと開けて見てみますが、電源が入りません。
私はため息をつき、ホームに立ちます。
単線の駅のようでした。看板を見ると、『成島駅』とある。
駅員もおらず、今にも倒れそうな木造の待合室があるのみです。
とにかく寒いので待合室に入ることにします。
とそこへ。
『フォーーーーーーー!!』
物凄い音量の警笛が聞こえ、私は飛び上がりました。
そして振り向いた次の瞬間、
「わああーー!!」
思わず声が上がります。
ここまでの疲れが吹っ飛びました。
ホームに入ってきたのは、汽車。
本当に蒸気機関車だったのです。
『29668』の数字が見えます。
C12とかじゃない。私は鉄ではないので全然知らない機関車でした。
ガタン、と重たい音がして扉が開きます。
乗客が数名、降りてきました。
赤ちゃんを紐で負ぶったお母さん。疲れた顔の中年の男性。
二人とも、頬がリンゴのように赤くなっています。
二人はまさか乗り込む人間がいるとは思わなかったようで一瞬ぎょっとした顔で私を見ましたが、すぐに足元に気を付けながら降りていきます。
私は乗り込みました。
床は木目。かなり古い。
4人掛けのボックス席がずらっと並んでいます。
人はまばらでした。皆、着ぶくれした格好で席に座っています。
古ぼけた、しかし柔らかいビロードの4人掛け席につくと、すぐに汽車は発進しました。
がたん。ドッ、ドッ、ドッ。
一面の雪景色がゆっくりと、動いていきます。
もし今カメラに撮られていたら、きっと私の目はキラキラ輝いていたに違いありません。
石油を重くしたような匂いが、鼻をついてきました。きっと石炭だ。
なんとも心地の良い揺れです。
こうしてしばらく走っていたのですが……。
……どうも疲れてしまっていたようです。それもそうだ、あんなことが立て続けにあったのです。
いつしか私はすっかり寝てしまっていました。
『ジリリリリリ!!キンコンキンコン……』
目覚まし時計かと聞きまがうような凄い音がして、私はぱっと目が覚めました。
そしてまたぎょっと驚いた。
汽車じゃなくなっているのです。
木目調の車内は無機質な車内に。レトロな風合いだったはずの電灯は蛍光灯に変わっています。
目覚まし時計のような音は運転室からしていました。
『間もなく、南米沢、南米沢です。南米沢を出ますと終点、米沢です……』
自動アナウンスの音。
なんてことだ。私は米坂線の上りに乗っていたのです。
私は慌てて立ち上がり、南米沢で降りました。ここが山形大学の最寄りなのです。
降りると、そこは雪、雪、雪。
ぼたん雪がしんしんと降り続いています。
家を出たときと天候はほとんど変わっていません。駅の時計を見ると、8時50分。
家を出てから10分くらいしか経っていませんでした。
裏門からキャンパスに入ります。
いつもは旧館(旧米沢工業高校、たしか重要文化財だったかなんだったか)そばの入口から入るので、どうも変な感じです。
こうしてようやく自分の学科にたどり着くと、掲示板の前でなんだか人だかりがしています。
「あ、もっちー!」
友人の一人が声をかけてきました。
「どしたの」
「今日の一限休講だってー。もー。来ちゃったじゃーん」
「げ」
見ると、確かに掲示板に「休講」の二文字が。
どうやら、私が家を出てすぐ大雪警報が出ていたらしいのです。
当時はSNSも無い時代で、メールで周知……なんてものもありません。さらにスマホもまだ無い。ガラケーから山形大学のホームページなんて見れません(PCからしか見れない)から、まあこうやって来て確かめるしかなかったのです。
とはいえ、この天候に心が折れてた子も多かったみたいで、来てたのは私の他20人ちょっとでした(ちなみに私の専攻は全部で70人ほどいます)。当然ながらみんな顔見知りです。
「頑張って来たのに損したわー。もっちー、ななみ、ブルノでコーヒー飲んで帰ろうぜ」
別の同期(こっちは男)が私と友人に声をかけてきます。
ちなみにブルノは大学の真ん前にあるジャズ喫茶です。
「え、今まだ9時だよ、開いてないよ?」
友人……七海が口をとがらせて言います。
「あ……あーそうかぁ」
男友達はしょんぼり肩を落とします。
と、そこへバタバタと血相を変えてやってきたのは、大学の事務のおねえさんでした。
「なんだぁ?」
男友達が怪訝な顔で見ているとそのおねえさんが大声でこう言ったのです。
「すみません!!この中に望月亜希子さんはいらっしゃいますか?!!!」
「はぁ?!」
まさかの私です。七海も「ええ?!」と声を上げてます。
まあ当然全員私を見ます。
「……はい、いますけど。」
私はおずおずと手を上げました。すると、
「ああ……!よかった!!無事だった!!!!」
おねえさんが突然私の肩を抱いて涙ぐむのです。
「え、え?」
「いったいどうされたんですか」
同期の一人が思わず聞きます。
「……ごめんなさい、びっくりしましたよね」
おねえさんは深呼吸を何度かして無理やり自分を落ち着かせ、こう続けたのです。
「望月さん、あのね……今ね、警察から電話が入ったの。」
もう嫌な予感しかしません。
「あなたの部屋のドアを壊して、中でナイフ持って暴れてる女性がいるって。中の物、めちゃくちゃに荒らしまわってるって。」
「え」「は?!」「マジかよ……」
その場にいた全員からどよめきの声が上がりました。
私は思わず天を仰ぎました。
その女性は案の定、あの彼女でした。




