第四章 アネ様
ネイティブじゃないため、山形弁が付け焼き刃すぎてもう泣きそうです。。。
あたたかい目で見ていただけますと幸甚です。
そして申し訳ございません、五章で完結と言っていたのですがこの章がえらく長くなってしまったため、
分けます。全部で7章くらいになるかと思います。
その後。
私は社殿の奥にある……茅葺の小さなお家に呼ばれ、手当てを受けることになりました。
ここまで全く気が付かなかったのですが、私も怪我を負っていたのです。(とはいえ大したことはなくて、左手にかすり傷があっただけです)
先ほどまで取り囲んでいた男衆がかいがいしく手当てをしてくれます。手早い、慣れた動作です。
もう一限の授業どころではなくなってしまいました。
私はあたりを見回しました。
私は土間を上がったところの囲炉裏の前に座っています。
電球は裸電球がひとつあるだけ、しかし障子から眩しいばかりの光が差し込んでいるのでそれも今は点いていない。
「どうぞ」
お茶まで出されてしまいます。私は恐縮してしまいました。
出してくださったのはあの、タジロウさんという初老の男性。
「もう少し待っとってください。ミコさまが今着替えておられてまして話をしたいとおっしゃってます。汽車の時間までまだありますので」
(汽車……?)
と思う間もなく奥のふすまが開きました。男衆の一人に手を引かれ、老婆のミコさまがあらわれます。
ミコさまは、絣の着物と綿が入った半纏に着替えていました。そして私の方を白く濁った目で見ると、「大丈夫だか~。」とのんびりした口調で言ってきました。
「はい。」
「んだか~。んだか~。」
ミコさまは穏やかな表情で何度も頷くと、タジロウさんの敷いてくれた座布団にちょこん、と座りました。
そこは、私の向かい……暖かい囲炉裏から離れたところです。
「あの、寒くないですか」
私は思わず言いました。
ミコさまは一瞬、きょとんとした表情になりました。そして、「寒ぐねぇだよこのくらい。その様子じゃあお前さん、大学来てびっくりさこいただろ。」と笑います。
「はい、それはもう。」
「お前さん、山梨の出だもんなぁ。ここまで寒ぐなんねぇべした」
「!!」
私はぎょっとしました。何で知ってる。
「ミコ様はそういう目がある御方なんですよ。」
タジロウさんが言ってよこします。「あの、青森の恐山にいらっしゃるイタコ様、わかりますか?」
「はい……」
単語しか知らないけれども。
「ミコ様も似た……うーん厳密には違うのですがね。そんなようなものだと捉えてもらって大丈夫ですよ。」
「んだな、んだな」
どうも、『そうだな』と言っているようです。
「なのでミコ様は、『あなたがここまでどう過ごされてきたか』大体お視えになっているんです。」
タジロウさんが言うと、ミコ様は、「お前さん、名前は望月亜希子さんと言うだか?」
……もうここまで来たら驚きを通り越しています。私は素直に「はい」とうなずきました。
「俺は米沢から出たことがねぇからよく分がんねども。育ちは甲府だどお前さんのじい様が言っででな。お前さん、母方のじい様にそれは可愛がられでだべ。今も後ろにおられますよ。」
言われた瞬間、目からどっと涙が溢れました。
「お前さんは甲府にいい思い出ねぇべなぁ。あんな目に遭ったらそれは……なあ。ここに来たときは同い年の子や世間が敵に見えたべ?」
あんな目、とは高校まで経験したいじめのことと思われました。
90年代当時、シングルマザーというのはそれほどまでに白い目で見られていたのです。
「そうですね……でも大学からは一変しました。」
「いろんな人が入ってくるからな。お前さんみでえな経験してる人もいでみんな、お前さんの境遇親身に聞いてくれたべ?お前さんは米沢さ出てぎて良がったんだぁ」
ミコ様は言います。
まったくもって、その通りでした。
「ただ、あの男だけはいただけながったべなあ」
その言葉に私は思わず苦笑いになり、「さっき、ミコ様は『逆恨みだ』とおっしゃってました、本当にその通りだと思います。一体あれは……」
「んだ、んだ。」
ミコ様はまた二度三度とうなずいて、話し始めました。
その後ミコ様から聞いた話はこういうものでした。
どうもある日、あのごみおと……失礼、元彼はあの『新しい彼女』と些細な事で口論になったそうなのです。
それで売り言葉に買い言葉で、「そこまで言うのならもう前の彼女(つまり私のことですね)とよりを戻すぞ」と元彼は言ってしまったと。
それで彼女は私に逆恨み、ここ数日で私の住んでるアパートを探し出し、毎日刃物を持って私を殺すのを伺っていたのだそうです。
ぞっとしました。
(全然気が付かなかった……)のです。
というかここ数日といえばひどい雪です、さらに最高気温が0℃の日が連日続いていたはず……そんな中、アパートの周りをうろついていたのか。今の時期、夜は普通に氷点下です、下手すると凍死します。
そんな『新しい彼女』に取り憑いていたのは……ミコ様の姉にあたる人物とのことでした。
「俺の姉様はな、それば美人だったんだよ。」
ミコ様は自分のことを『俺』といいます。私、思わずちょっと笑いそうになるんですがこらえています。
「でもな。あの人も、お前さんと同じでな。男運は無さ過ぎた。美人が仇になったんだ」
その結婚した男、というのがまたひどい女好きだったのだそうです。
その夫は三代も続く呉服屋を営んでいたそうです。でも、そこで働いていた店員やなじみの客とはとっかえひっかえ、『一度は寝ていた』のだとか……。
『美人は三日で飽きる』。そのごみおとこ……失礼、夫は布団の中で毎夜のごとく女にそう言っていたそうです。
当然ミコ様の姉様は許しませんでした。ある日その泊まっていたところに乗り込んでいった。女同士でそれは物凄い喧嘩になったそうです。その末……。
机か何かどこかの角に頭をぶつけ、死んでしまったのは妻……姉の方だった。
夫は慌てます。そして、その日たまたま寝ていた女と一緒に……鬼面川まで運び、橋の上から遺体を棄てた。
当時は夏でした。そして米沢がある置賜地区は盆地……遺体はあっという間に腐敗、強烈な臭いを放ったのです。
数日後。突然川西町の役場はてんやわんやになりました。電話がひっきりなしに鳴り回るのです。
かけた人達は皆、口を揃えこう言ってきます。
「なんか最近、川が物凄い臭いんですよう。何か不法投棄でもあるんじゃないでしょうか」
こうして役場の人間が鬼面川に来た……。そう、発見したのはこの役場の人間だったのです。
遺体は米沢市の隣、川西町で発見されました。下流に流されていたのです。
腐敗した遺体からは大量の黄色い膿とそこから蛆虫が湧いて、酷いありさまだったそうです。
「……!!」
ここまで聞いて私はまたぞっとしました。さっき似たような光景を目の当たりに……いや。全く同じじゃないか。
こうして管轄は警察に移った。顔も判別できない状態でしたが身元は歯形から特定できたそうです。
警察は行方をくらました夫とその女を探した。
ほどなくして近くの山の中に潜伏していたところを捕まえたのだそうです。
ミコ様の力はもろに発揮されました。潜伏している様も、その後ろで烈火のごとく怒りの表情を浮かべた姉の亡霊も、全部視えていたそうです。とはいえ科学捜査を謳う警察にそんなこと言っても動いてくれるわけがないので、
「そういえば義兄は●●山の近くに友人の別荘を借りるとか言ってまして……ひょっとしたら」
などと言い、警察をうまいこと誘導して確保に至ったそうです。
二人ともやつれ、ひどい状態での確保でした。捕まった時、二人は安堵の表情すら浮かべていたそうです。
しかし事はこれで終わらなかった。
まず女の方がおかしくなった。
取り調べ中、突然奇声を上げて暴れるのです。
手錠をかけた手で机を何度も叩く。頭もガンガンと机に打ち付け、ぎゃあぎゃあと叫ぶばかりだったそうです。
これでは取り調べになりません。
精神科医が呼ばれます。
検査が行われましたが、結果を見ることはありませんでした。
女は死んだのです。
司法解剖をしたところ、胃の中から大量の虫が出てきたそうです。
女は警察官の目を盗み、毎晩床を這っている虫をぺろっ、ぱくっ……と食べていたのです。
「食事にはほとんど箸をつけていませんでした」
後に、警官の一人がこう証言していたとか……。
次におかしくなったのは夫の方でした。
突然、「えへ、えへへへえへえへえへへへ」と笑いだす。顔を大きく横に傾け、ぎょろりとした眼を目いっぱいに見開いてよだれをぼたぼたと垂らし、取り調べの警官の顔をのぞきこむ。そして決まってこう言うのだそうです。
「かわいそうになあ、かわいそうになあ」
お前さん、ユリコに殺されっけの。今も後ろからおっかぶさってるべよぅ。
ユリコは、あの妻……ミコ様の姉のことだそうです。
この夫も、無事では済みませんでした。
女が死亡した2日後、この夫も死んだ。
これも心不全として処理されましたが、実際は違いました。
発見された独居房、水場はトイレのみです。
なのに夫の身体は敷かれた布団ごと、ずぶ濡れだったそうです。
死因は、溺死でした。
あまりにおかしいので独居房に鑑識が入るなどして内部で捜査が行われましたが、その水はどう調べてもトイレからきた水ではありませんでした。まるで、どこぞの河川のような水だったそうです。
また、あの日署に詰めていた警官は全員シロだったことが分かりました。私は知らなかったのですが、警察官というのは職務中単独行動を取るということがあまり無いのだそうで、たまたまこの日の職務中の警官の中に『一人でいた……』者は一人も居なかったのだそうです。さらに非番中の者も調べたようですが、これもたまたま「誰々と一緒に飲んでいた」だの、「そこここで買い物してましたけれども……(そしてその買い物先のスーパーで目撃証言も取れた)」だの……結局全員シロとなり。
警察は本件の捜査を終了せざるを得ませんでした。
しかし、まだ事は続いたのです。
「姉様はなァ……二人を取り殺しても、まだ許せなかっただなァ」
ミコ様曰く、今度は夫がこれまで『寝た……』女たちを取り殺し始めたのだそうです。
その数、7人。
ミコ様は何とか止めようとそれはもう奔走したそうです。
というか正確にはこうでした。
「ミコ様。実はわたしたち……」
と、その女たちが手を取り合ってミコ様の元にやってきたのだそうです。
曰く、ある女は『ここのところ、やたらと視線を感じる』から始まり、『昨日は何者かに背中をドンと押され、倒れこんだら目の前にダンプカーがいた。すんでのところで轢かれるところだった』と。そして背中を見た通りがかりの人に「うわっ」と言われ、どうしたのか聞くと、
「おねえさん。背中に濡れた手形さ付いてますよ。」
私、おねえさんが倒れるところさ全部見てたんだども、近くに人なんで居なかったですよ。
背筋が凍ったその女はたまりかねてミコ様の元へやってきた……ということでした。
またある女は、『私、娘と息子がいるんですけども、娘の様子が最近おかしいんです。夜な夜な自分の部屋で何か一人でぶつぶつ言っているから何かと思って扉の前で耳をそばだてていたら……』
アネ様、あね様。どうか私のおねがいを聞いてください。わたし、すきなひとがいるの。でもその人にはカノジョがいるんです。私諦められない。あのカノジョを殺してほしい。おねがいです。
なんてことを言ってるんだ。女は仰天しましたが、娘は当時高校一年生。多感な時期です。
明日の朝、それとなく「人を簡単にコロスとか言っちゃだめよ」と言ってみようか……と思ったですがもう遅かったのです。
その翌日、娘の通う学校が突然休校になりました。
とある女子生徒が、遺体で見つかったのだそうです。
屋上にはそろえられた靴と、遺書。
その一報が飛び込んできたとき娘はショックを受けたような表情をしていました。
しかし母にはそのような稚拙な演技はごまかせません。
「あの子、私たちに隠れて高笑いしていたんです……」
その顔が、ユリコさんそっくりだったと、女は声を震わせ声を殺して泣くのです。
この女は、ミコ様の姉の夫が経営していた呉服屋のパート店員でした。姉様の顔も見知っていて、それだけに関係を持った時は罪悪感にさいなまれていたそうです。
ミコ様は『嘘だ……』と最初は思っていたそうですが、いざ霊視してみるとその女の心情は本当だったそうです。それどころか、その『関係を持った……』というのも酷いもので、実際は同意も取らず事に及んでいたのです。相手は上司。逆らえなかったと……。
「それでな、この娘さんだけどもよ。結局はさっきの子と同じごとさなってしもうた……」
ミコ様の言葉に、私は何とも複雑な心境でした。
「ミコ様、その娘さんとか、さっきの彼女さんが言ってたアネ様というのは一体なんなんです?何かおまじないか何かなのでしょうか」
私は素直に疑問を口にしてみます。
「んだ。それから人伝で調べてもらっただ。したらば、米沢の高校の一部で突然流行りだしたおまじないだと分かったんだ」
聞いたところによると内容はこうなのだそうです。
まず鬼面川の川の水を汲んでくる。
次にそれを誰も見ていないところ(自宅の一室でも良い)で、午前1時40分になったら自分の体に振りかける。
あとは「アネ様、あね様……」と唱えて願いを3度、さらにそれを三日三晩唱えつづればその願いは叶う。……というものだったそうです。
「だが実際は、このまじないはな……。姉様さ取り憑かせる物だ。」
鬼面川は姉様の死体があった川だべ。その水を媒介してるんだ。そしてその願いをかなえる代わりに10代の少女の魂を吸い取る。残るのは廃人と化した、抜け殻だけ。
私はまたぞぞっとしました。
「俺はこれ以上姉様の業を増やすわけにはいがねえと思った。確かに殺されたのは不憫だ。だども、それで何人もの人を報復して殺すのは違ぇべ?」
人のやることじゃねえ。そだなことは、神様にやっていただくことだ。
ミコ様はそれでも苦しみ、葛藤しました。相手は幼いころ手を取って世話をしてくれた、実の姉です。
しかしミコ様は心を鬼にした。そして、
「俺は、自分の命サかけて姉様を地獄に送ることに決めた」




