狩猟祭1 ミロウとネフィア 3
前方から聞こえる足音を頼りに暗い廊下を進んで行く。歩くたびに辺りを照らしている蝋燭がゆらりと静かに揺れた。
自らを“ 管理人”と名乗った男が、私の前を軽い足取りで歩いていく。
「ねぇ、さっきの魔法陣は何だったの?」
彼にさっき気になった疑問を投げ掛けてみた。
「ああ。あれですか? 昔、転移スキルを持ったメイドがいたので描いてもらったのです。町中の至る所に転移できるようになっています。」
ダンジョンの中のようにたくさんある、転移陣のようなものだろうか。
あれほど上手く偽装するなんて凄い技術だ。直前になるまで気づかなかった。
「ネフィアがいる場所までは、あとどれぐらいで着く?」
先ほど教えてもらった限りだと、彼について行けばネフィアの元まで案内してくれるそうだ。かなり怪しいが、ネフィアを助けるための手掛かりになるかもしれないので聞いてみた。
「そうですね、もうすぐ歩けば着くと思いますよ。」
う~ん。本当だろうか。胡散臭いことこの上ないのだが……
(まあ、現状はネフィアを探す手掛かりはこのぐらいしかないからね。)
仕方ないが、信じてついて行くしかないだろう。
それからしばらく、謎の沈黙が続いた。
二つのリズムの違う足音が、交互に廊下に響く。
しかし、そんな中に音の立たない足音がいくつか混じっている。
(やっぱり、さっきからつけられているよね……)
この屋敷についた時から気になっていたことだが、後ろから数人に追いかけられている。実害はないため放置していたが、流石にこの人数になると気配が鬱陶しい。
(いったん、影収納に入れちゃおうかな……)
ストーカーなのか侵入者なのかは知らないが、あまり騒ぎにならないうちに捕まえてしまった方が早いだろう。
影収納を使い、影からスキルを発動させる。
一言も声を発さないまま、全員の気配が消えた。
これは突然現れる落とし穴みたいなものだ。全員、何も理解できないまま暗闇に落とされたに違いない。
(なるほど……やっぱり、私の影収納は生物も収納できるみたいだね。)
普通の収納との違いはそこみたいだ。
管理人さんの方も見てみるが、どうやら何も気づいていないようだ。何も言わずに歩き続けている。
彼は一体、どこに向かっているのだろうか。だんだんと不安になって来た。
「ねえ、ネフィアは本当に無事なんだよね?」
「ええ。誓って危害は加えておりませんよ。迷子になって道を見失っていたところを保護しただけだと言ったではないですか。」
確かに、さっきの話ではそう言っていた。
怪しいが、一応信じてみることにする。
(まあ、もしこいつが誘拐犯だったら殴り飛ばした後に始末すればいいだけだしね。)
ドラゴンの炎であぶって焼く方法や、魔力吸収で魔力を抜いてしわしわにする方法など……考えるだけで軽く十通りは思いつく。
それに、私の手に掛かれば後始末も凄く簡単だ。収納を使ってしまってしまえばすぐに消せる。
後はダンジョンに放って、そこら辺の魔物……スライムにでも分解させればすぐに証拠隠滅。死体は跡形もなく無くなる。半日もあれば済むだろう。
(って、いや……こんな不謹慎なことを考えちゃダメだよね。忘れよう、忘れよう。)
死体処理の方法を考えるなんて、すごく軽率だった。反省反省。
(それに、エイスと約束もしたからね。)
エイスと、人を殺さないようにすると約束したのだ。
そこだけは、気をつけないようにしなければならない。考えていたことを振り払うように、首をぶんぶん振った。
すると、前を歩いていた管理者さんが突然肩を揺らしてクスクスと笑い始めた。
どうしたのだろうか?
「マリンお嬢様、先ほどから辺りを見回していますが、何を考えていたのですか?」
(ぎくぅ。まさか、考えていることがバレた⁉)
もしかしたら、私が良からぬことを考えていたことに勘づいたのかもしれない。
誤魔化すように返事をしようとしたが、言葉に詰まってしまう。だが、『あなたの死体を始末する方法について考えていました』なんて言えるはずもない。
(ど、どうしよう……)
内心慌てていると、彼は体の角度を少し傾けて、私の方に視線を向けた。
その瞳孔が、一瞬だけ獲物を捕らえた猫のように細められた気がした。
「もしかして、勘づきましたか?」
「勘づく?」
いや、そっちこそ……私が良からぬことを考えていたことに勘づかなかったのだろうか?
言葉の意図が分からず首を傾げていると、彼は得意げにほほ笑んだ。
「ですが、今更逃げようとしても無意味ですから。……残念でしたね。」
(……? どういう意味だろう?)
質問しようとしたが、彼は踵を返し、再び元の方向に歩いていってしまった。
(まあいいか。死体処理について考えていたことがバレなかったわけだし。)
良く分からないが、取り敢えず深いことは考えないでおこう。
そんなことを考えていた時、目の前に歩いていた管理人さんの足が止まった。
どうやら、屋敷の廊下の隅までたどり着いたようだ。
視線を上げると、そこには漆黒に塗りつぶされた巨大な扉があった。
一見シンプルなデザインに見えるが、よく見ると装飾が凝っている。その表面には、まるで悪魔のような雰囲気をした像が彫られている。
蝋燭の灯りに照らされて、その姿は浮かぶように写し出された。
「もしかして、ここ?」
「ええ。貴方には、当主様に会ってもらいます。」
当主様って……
(まさか、私の父親?)
ネフィアが微妙な反応をしていたから分からなかったが、やっぱり当主とやらは私の親なのだろうか。
(確かネフィアは、他にも何か言いかけていたよね……?)
当主の本当の目的が何なのか、とか。
あれはいったい何だったのだろうか。
コンコンコン。
彼は扉を叩く。
「入れ。」
中から短い返事が聞こえて来た。
恐らく、当主とやらの声だろう。
「では、失礼いたしますね。」
そう言って、彼はしゃがみ込む。
そして、カチャカチャと扉の装飾を動かし始めた。
何しているのか見ていると、彼は扉にあった悪魔の像の掌をクルッと回して開いた。よく見れば、そこに鍵穴らしきものが現れる。
(すご!! これは知らなかったら絶対に気づかないね。)
そして彼は、どこからともなく細い鍵を取り出して鍵穴に差し込む。
複雑な動きでそれを回すと、ガチャガチャ音がして扉の中の構造が一つずつ動いていくのが分かる。
(うわぁ。侵入者を返り討ちする気満々だよ。……絶対に罠が張り巡らされているよね)
恐らく、間違った手順を踏んだりすると爆発が起きたりするのだろう。
それからしばらくして、ギィ――と音が鳴り、重厚な扉が開いた。
「入ってこい、マリン。」
これは……当主とやらの声だろうか?
少しだけ緊張しながら部屋に入る。
赤い絨毯の奥。
階段のような道の上に、男が座っていた。
薄暗い灰色の髪が肩まで垂れ下がり、鋭い瞳は猛禽類のような獰猛さを感じられる。その厳つい顔に頭の猫耳が、妙にアンバランスだ。
この人が私の親なのだろうか?
いろいろと聞きたいことがたくさんある。
なぜ私を捨てたのか。
そして、捨てた私をなぜ探しているのか。
だが質問をする前に、彼は私をジロリと眺めて怪訝な顔を浮かべた。
「……誰だ貴様は」




