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ブラウスの後悔

「痛っ!! ……って、ここどこ?」

 転移陣から落ちた後、冷たい地面に投げられて思わず驚いて変な声を上げてしまった。


 いや、驚いたせいで思わずそんな言葉が口に出ただけで、正直なところかすり傷にもなってないだろう。ドラゴンの鱗は頑丈なのだ。


(それにしても、本当にどこだろう、ここ。)


 古い洋館みたいな場所だ。

 床には赤いカーペットみたいなものが隅々まで敷かれている。


 薄暗い廊下の中で、所々にある蝋燭が浮かび上がるように揺れていた。


 もしかして、ネフィアもここに連れていかれたのだろうか?

 そんなことを考えていると、コツコツと奥から足音が聞こえてくる。


「誰?」

 質問をするが、返事は返って来ない。


 スキルで夜目を利かせれば、相手の様子がぼんやりと見えてきた。


 地味な灰色の服を来た、目立たない男だ。


(本当に誰だっけ?……もしかして、知らない人かな?)


 人の名前を覚えるのが苦手な私だが、顔を忘れたことはあまりない。一度会った人なら何となく分かるはずなのだが……


 観察していると、彼は困ったように眉を顰めた。


「あまり殺気を向けないでもらえます? 危害を加えるつもりはありませんから。」


 だかそうは言われても、ネフィアが攫った犯人かもしれないのだ。警戒しないわけには行かないだろう。


 一歩下がって睨みつけると、彼は小さな子供を宥める様な笑みを浮かべた。


「初めてお会いしますね。……マリンお嬢様?」



 ◇◇◇



「良かったのか? ブラウス」


「うわっ!!」


 自分一人しかいないはずの部屋で聞こえてきた声に、思わず仰け反ってしまう。振り返れば、アンドリューがいつも通りの笑みを浮かべながら笑っていた。


 彼は最近ギルドに登録したばかりなのに、すでにS級まで登り詰めた天才である。いつも無口で基本的に一人でいるせいで何を考えているのか分からない。正直な感想を言うのなら、いけすかない後輩だ。


 どこから入って来たのだろうと思ったら、いつの間にか窓枠が開いていた。アンドリューは何も言わずに、ストンと俺の部屋に置いてあった椅子に座った。


「足が疲れた。少し休む。」


 そう言ってアンドリューは椅子をカタカタと揺らした。勝手に部屋に上がっておいて厚かましいと思ったが、ため息をつくだけで留めておく。


「で、何の話だ?」

「聞かなくても分かるだろ? マイリンのことだよ。……さっきレアルドと当主の館へ向かっていったぞ?追わなくてもいいのか?」」


 マイリン。

 冒険者であり、俺の同僚だ。


 初めて出会った時はまだ10歳かそこらで、山吹色の瞳に鮮やかな赤い髪が特徴の小さな少女だった。それが見る見るうちに大きくなり、今ではすでにギルドでも有数を争うほどの実力者だ。S級最弱と呼ばれる俺と違い、マイリンはその力が認められている。


 そんな彼女に連れられて獣人国に来たのがつい二週間ほど前のこと。ミロウと言う怪物を捕えるようにと竜神国の次期国王から命令が下ったそうだ。


 だが、マイリンの目的は依頼を達成することではなく、復讐を果たすためだったのだ。彼女は、その時ちょうど獣人国にいたレド、もといレアルドに取引を持ち掛けた。そしてその時、俺はやっとマイリンが復讐を果たすためにここに来たことを知った。


 俺は最近まで、彼女が獣人であることも、ましてや獣人国の当主の娘であることも知らなかった。


 それを知って、とてもやるせない気持ちになった。何年も前からの付き合いなのに、俺はマイリンのことを何も知らなかったし、知ろうとしていなかった。


 許せなかった。

 マイリンが、じゃない。彼女のことを何も知らなかった自分が、だ。


 自分の不甲斐なさに心底嫌気が差す。


(そりゃあ、頼られる訳ないよな……)


 考えてみれば当たり前だ。

 マイリンだって、俺みたいな弱い奴より、若くして実績を積んでいるあいつを頼るだろう。


「別にいい。……俺なんかが行ったところで仕方ないからな。」

「ふ~ん。レアルドに嫉妬か? ご執心だな。」


 アンドリューの言葉に怒りが込み上げる。


「違う。 そんな理由じゃない。」

「じゃあなぜだ?」


「……俺は弱いからな。着いて行っても足手まといになるだけだ。」


 俺みたいな弱い冒険者に助けを求めるより、レアルドに助けてもらった方がいいに決まっている。


「つまらない答えだな。」

 面倒くさそうに頬杖をつくアンドリューを見て、さらに苛立ちが募っていく。


(うるさいな。誰もお前の暇潰しのために動いているわけじゃないんだよ。)

 言い返したいが、声を上げる度胸もない。ただアンドリューを睨みつけた。


「そうやって、また逃げるつもりか?」


「うるさい!お前に何が分かるんだよ!!」


 なんでも俺のことを分かっているように言うが、俺はほとんどこいつと話したことがない。いつもギルドで何も話したがらないくせに、今日はわざわざ俺の部屋まで来て何がいいたいのだろう。


 そう思って睨みつけると、そいつは無表情のまま淡々と話し始めた。


「今から二十年ぐらい前だったか? ある初心者の冒険者パーティーが全滅したらしいな」

「は?」

 突然始まった話に、思わず息を吞む。


「ある時、下層からユニークモンスターが上がって来たという情報が回った。ギルドはすぐさまパーティーを撤退させ、警戒区域に指定した。」


 ユニークモンスター。

 魔物の中でも、変異種などが混じった強い個体。動きに規則性がなく、熟練の冒険者でも倒すことは難しい。ほとんど出現しない魔物だが、ごく稀に……そんな個体がダンジョンの中から上がって来ることがある。


「だが、すでにそのダンジョンに潜ってしまっていたパーティーがあった。彼らはいつまでたっても帰ってこない。……世間は救出を諦め、彼らを見捨てる道を選んだ。」


 アンドリューは淡々と、抑揚のない声で話し続けた。


 俺の瞼の裏に、その時の出来事が思い浮かんでは消えた。すでに会うことのない仲間達。その姿は、今でもありありと鮮明に思い出せる。


「だが、一人だけ助かった人がいた。」


 ドク、ドクと心臓が跳ねる。

 アンドリューは刺すように、最後の言葉を放った。


「……それがお前だろ、ブラウス。」


 息を吞む。手が震えているのが分かった。


「なぜ……知っている。」


「ん? 周りの人間の情報ぐらい、調べておくものだろ。ほら、冒険者は情報が命って言うじゃないか。」


 思わず茫然とした。


 そんなこと、誰も知らないと思っていた。人に知られたくないことだったから、俺から人に話すことはない。もうこのまま、俺の記憶の奥にしまっておくはずのものだった。


「聞けば、一人だけ逃げ出して来たそうじゃないか。」

「……ッ、うるさい!!」


 本能的に、耳を塞いだ。

 これ以上話を聞きたくないのだと、俺の心が拒んでいた。


「また、そんな風に逃げるつもりなのか? マイリンを放って?」

「違う!! 逃げるってなんだよ! マイリンは、俺に助けなんて求めていない。」


「本気でそう思っているのか?」


 その言葉は、俺の心に沁み込むように静かに放たれた。

 まるでこっちを見透かすような瞳に、俺の心臓がドクリと跳ねる。


「じゃあ、何だって言うんだよ!」


「巻き込みたくなかったんじゃないのか、お前を。」

「ッ!」


 昨日のマイリンは、どこか思い詰めているようにも見えた。

 何かを覚悟して背負っているような、そんな表情。


 確かに、言われてみれば俺のいる所でレアルドに取引を持ち掛ける必要はなかっただろう。わざわざ俺に真実を伝えて、その上で引き離すようなことはしなくて良かったはずだ。 


「じゃあ、俺はこれで失礼する。用事があるからな。」

 そう言って、アンドリューは扉を開いた。今度はどこへ行くつもりなのだろうか。


「どこへ行くんだ?」

「決まっているだろ、面白そうだから遊びに、だ。」


 ガチャリ、と部屋の扉が閉まる。

 部屋には本当に、俺一人になった。


 アンドリューのいなくなった部屋で、ぼんやりと彼女のことを思い出した。


 ギルドに登録して、獣人国で冒険している時の彼女は、すごく楽しそうだった。それでいて、寂しそうにも見えた。


 彼女は、何を考えてあんなふうに笑っていたのだろうか。


 その時、頭の中にさっきの言葉が浮かぶ。

『巻き込みたくなかったんじゃないのか、お前を。』


 ああ。本当に、あいつの言う通りだ。

 マイリンは、優しい。


 人との関わりを大切にするくせに、どこかで人を巻き込んだりしないように一線を引いている部分がある。周りの人間を傷つけるのを、恐れているのだろう。


(だから、だから俺は……)


 震える手でドアノブを掴んだ。

 部屋を出る。


 扉を閉めたら、そこに獣人国の地図が貼ってあった。


 アンドリューが気を利かせて貼って行ったのだろう。いつの間に買ったんだか知らないが、何も言わずに貼って行ったのが腹が立つ。


 本当に、いけすかない後輩だ。



 俺は地図を片手で握りしめて走り出した。


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