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狩猟祭1 ミロウとネフィア 2

 ◇◇◇ ネフィア


 今日はお嬢様の声で目が覚めた。

 いつもは一番寝坊しているお嬢様が妙に早起きだと思えば、一緒に狩猟祭へ行こうと言われてすごく驚いた。


 ずっと屋敷の奥で暮らしていた私だが、狩猟祭については一応知っている。


 当主様のお屋敷にいた時に、年に一度だけ魔物が大量に届く日があったのだ。届いた魔物は解体して、魔力を抜く作業をしなければならない。


 私も何度か、命令を受けて魔物の解体を手伝ったことがあった。魔物の血からは、たくさん魔力が取れる。だから魔物を解体して、取れた魔力を水晶のような形の魔道具につぎ込んでいくのだ。


 魔物の血からは腐ったような匂いがする上、そこから溢れた魔力が部屋全体に充満して息苦しくなる。一緒に作業をした奴隷のうち何人かは、魔力過多で倒れた人もいた。だから正直な所、狩猟祭にいい思い出はない。だからお嬢様に狩猟祭へ行こうと言われて不安になった。



 手を引かれて街中を歩く。


 街中では想像していた狩猟祭と違い、たくさんの人が楽しそうに歩いていた。


 人で溢れかえる商店街を突き進んでいくお嬢様を見て『いったいお嬢様はどこに向かって歩いているのだろう』と心配になったが、彼女が向かったのは屋台だった。


 スモールドラゴンのお肉。決して安い食べ物ではないというのに、お嬢様はわざわざ私のために買ってくれた。お屋敷にいた時は一日に一回だけ出してもらえるパンや、使用人さんの残飯なんかで食いつないでいたので、こんなにちゃんとしたお肉を食べるのは久しぶりだ。


 美味しくてたくさん食べていると、お嬢様は不思議そうに私の顔を覗き込んだ。


「ネフィア、美味しい?」

「はい! 美味しい、です!!」


 きっと、私が食事をあまり食べないから心配してくれたのだろう。最初は怖がっていたけれど、お嬢様はとても優しい。


 そして、不思議な人だ。


 特殊なスキルをたくさん持っていて、大きな魔物でも一瞬で倒してしまう。それでいて、どこか抜けている。



 最初に出会った時のことは忘れられない。


 ダンジョンの中で魔物に襲われていたら私を、なぜか助けてくれたのだ。月明りの下で手を差し伸べた彼女の手を見て、思わず茫然としてしまった。


 私は支配人様に言われてお嬢様を探しに来ただけで、助ける必要なんて全くなかっただろう。それどころか、私は魔物を大量におびき寄せて来た厄介者のはずだ。


 それなのに、彼女は怪我をしてまで私のことを救ってくれたのだ。


 困惑したまま、その手を取った。


 だが、驚いたのはその後だ。


 彼女は、倒した魔物を一瞬で消し去ったのだ。瞬きの間に、さっきの魔物はすべて跡形もなく消えていた。その上、『美味しかった』という奇妙なことを呟いたのだ。


 私は恐ろしさのあまり気絶した。




 次の朝に目が覚めると、彼女は倒れた私を心配したのか看病してくれた。


 気絶した原因となった相手に看病をされるのは不思議な気分だったが、正直すごく嬉しかった。こんな風に気にかけてもらったことは、今までで一度もなかったのだ。


『これ以上迷惑をかけるわけにはいけないから、早く館に戻ろう』と考え始めていたら、お嬢様は外に出ようと言ってくれた。


 すごく嬉しい言葉だったけれど、私には断ることしかできない。奴隷は人目につく時に外に出ることを許されていないからだ。いつも命令されて外に出る時は、真夜中の暗い時であった。


 そして、人間が外に出歩いているというだけでかなり目立つのだ。すぐに奴隷だとバレてしまい、連れ戻されるに決まっている。


 だがお嬢様が私の頭に手を置いた瞬間、頭の上に猫のような耳が二つ現れた。変身魔法、というものを使ったらしい。


 お嬢様がつけてくれた耳はまるで本物みたいで、着けておけば人間とバレることはないだろう。まさか、魔法でこんなことができるだなんて思いもしなかった。


 そのまま、手を引かれてダンジョンの外に出た。


 薄暗いダンジョンから一歩出たら、眩しい光が目に飛び込んできた。思わず目を瞑る。


 お嬢様に頭を撫でてもらい、ゆっくりと瞼を開いてみた。


 そして、辺りを見回してみて驚く。


 風に揺れる木々の一本一本、路地裏のわずかな光でさえ、とても美しいものに見えた。見上げればペンキで塗ったような群青色の空と、綿を浮かべたような雲が並んでいた。


 まるで童話の中のような世界。

 自分の中の景色が塗り替わるような、不思議な感覚がした。




 その後、彼女に連れられて、ギルド登録へと向かった。リリサにマイリンと、最初は変わったメンバーばかりで戸惑っていたけれど、次第にみんないい人だと気づいていった。


 初めて宿に泊まって。ダンジョンの中でみんなで食事をしたりもした。そして、奴隷である私を名前で呼んでもらえた。


 奴隷だったときはずっと番号で呼ばれていたが、みんなはもう永遠に使うことはないと思っていた私の名前を呼んでくれるのだ。


 思い返すと、大切な思い出ばっかりだ。 


 このままこんな日常が続くと、当たり前のように思っていた。



『お久しぶりですね。56番、でしたか?』


 脳内に直接話し掛けてくるような声に、思わず背筋が凍り付く。


(なん、で……)


 奴隷の中には、声が出せなくなるものもいる。舌が落とされた時のような場合だ。そして同時に多くの奴隷を管理するときに命令を出すのが面倒だから、こうして通話で直接話し掛けるのだ。


 そしてこれは、奴隷の近くまで近づかないと使えない。つまり近くに追手が来ているということだ。


 このままここにいれば、お嬢様まで巻き込んでしまう。それだけは、絶対に避けたかった。


『すぐに、向かいます』

 通話で返事をして、お店を離れる。お嬢様は不思議そうに首を傾げていたが、気にせずに走り出した。


 人目につかないように路地裏に入れば、後ろから人影が近づいてくるのが分かった。


「お願いしたではありませんか。マリンお嬢様を連れて来てくれる、と。いつまで経ってもいらっしゃらないから、様子を見に来たのですよ。」


 その淡々とした声には、聞き覚えがあった。


「支配人、様?」

「ええ。覚えていてくださって光栄です。」


 そう言って、彼はぱちぱちと拍手をする。


 だが、その瞳には感情が籠っていない。

 詰まらない玩具を見るときのような表情だ。


 彼は、獣人国の奴隷のほとんどを管理している。つまりは、奴隷を扱う最高責任者だ。名義上は当主が奴隷を管理していることになっているが、実際に奴隷紋を刻んで管理しているのはこの男なのだ。


「なぜこんな場所で油を売っているのですか? 貴方には、マリンお嬢様を見つけ出すように、とお願いしたではないですか。」


 そう言って、彼はゆっくりと近付いて来た。

 後ろに後ずさろうと思ったが、足が震えて動かなかった。


 震える私の頭に、彼はゆっくりと手を置いた。


 お嬢様が私の頭を撫でる時とは全く違う、威圧されているような感覚にぞわりとする。


 その瞬間、奴隷紋がズキリと痛んだ。

 首が閉まるような感覚。


 息が、苦しい。

 呼吸ができない。


 思わず喉を押さえて、地面に座りこんでしまった。


「本当はお嬢様をここまでおびき寄せてもらうつもりでしたが、仕方ないですね。どうせ、すぐ近くにいるんでしょう? 場所を教えてもらえますか?」


 お嬢様を連れていかれる。

 そう考えた瞬間、体が震えた。


 ……嫌だ。私を救ってくれたあの人に、辛い目に合ってほしくない。


「や、です……」


「ん?」


 その時、奴隷紋の光が少し緩んだ気がした。畳み掛けるように言葉を続ける。


「嫌、です。」


 だから、戻ろう。

 私が奴隷に戻れば、すべては元通りだ。


 マリンお嬢様が無理して帰りたくない場所に帰る必要もない。

 だが、現実は残酷だった。


「まあいいでしょう。……あなたを屋敷まで送り届けた後で、ゆっくり探しますよ。時間はまだたっぷりありますからね。」


 その時、お嬢様が私のことを呼ぶ声が聞こえて来た。


 支配人の口元が弧を描く。


『私を探しちゃダメだ』と叫ぼうとしたが、それでは見つかってしまう。それに、奴隷紋で縛られているせいで声がほとんど出せない。


 このままでは、お嬢様も捕まってしまう。


 酸欠で意識が飛びそうになる中、最後の力を振り絞って声を出した。


「お嬢様、逃げ、て……」



 ◇◇◇




 ネフィアが走って行ってから数分後、店の奥からさっきの店員さんが戻って来た。


「わ! もう縫い終わったんですか!!」


 ものの数分で縫い直してしまった服を見て、私は目を見開いた。

 驚いている私を見て、店員さんは照れたようにはにかんだ。


「ええ。裁縫のスキルがありますから。」

 裁縫のスキル!! そんなものがあるとは!すっごく便利そうだ。持ってきてもらった服には、大きなリボンが背中についていた。サービスだそうだ。


「わぁ! 可愛いです。ありがとうございます。……ネフィア、喜んでくれるかなぁ。」


 早速ネフィアに着せよう! と思っていると、店員さんは呆れたような表情で私を見た。


「それにしても、奇特な人ですね。」

「?」

 突然投げかけられた言葉に、思わず首を傾げた。


 奇特な人とは確か『感心できるようなことをする』と言う意味だが、最近では『変わった趣味を持つ好事家』、と言う風な意味で使う人もいると聞いたことがある。


 この言い方からして、恐らく後者の意味で使われたのだろう。


 一体なぜだろう、と考えたところで気が付いた。


(ま、まさか私、幼女趣味(ロリコン)だと思われてた⁉)


 そんなまさか……と思ったが、よく考えてみれば当たり前だ。可愛いネフィアに可愛い服を着せ、奇声を発しているのだ。端から見れば変質者にしか見えないだろう。


 だが、そんなことはない。

 私はただ純粋に、ネフィアのことを可愛いと思って喜んでいただけだ。決して、変質者なんかではない。


(ど、どうやって誤解を解こう……)

 必死になって考えていると、店員さんは呆れたようにため息をついた。


「奴隷に対して優しいのは結構ですが、もしも国に見つかったらなんと言われるか。……もっと危機感を持った方がいいですよ。」


 そう言って、店員さんはネフィアの走って行った方向を見た。

(ん? なんでそっちを見ているんだろう。普通、そこは私を睨むところじゃない?)


「ですが……獣人国が変わるためには、あなたのような人も必要なのでしょうね。」


「? 」

「いえ、なんでもありません。忘れてください。」


 そう言って、店員さんは微笑んだ。

 よく分からなかったので、取り敢えず首を傾げておいた。



 お店の外に出てネフィアを探す。さっき出て行ったばかりだからすぐに見つかると思ったが、そんなこともなかった。


「ネフィア、どこに行ったのかな?」


 きょろきょろと辺りを見回すが、全然見つからない。


(もしかして、迷子になっちゃった?)


 それはあり得る。この世界は結構道が複雑だ。道が曲がりくねっていて、路地裏とかに迷いやすい。もしかしたら、どこかで泣いているかもしれない。


(早く探しに行かないと!!)


「ネフィア~。ネフィアどこ~!!」

 少し恥ずかしいが、大声で叫んでみる。


 だが、返事は返って来ない。


「確か、さっきはこっちの方に走って行ったかな……」


 街の人ごみの中を通り抜けていく。


 路地裏の奥。薄暗くて光の届かないその場所で、一瞬だけ光のようなものが見えた気がした。


「……誰かいるの?」


 返事は返って来ない。

 こんな場所にネフィアが入ろうとするかは分からないが、一応見ておいた方がいいだろう。勘のようなものだが、こっちへ向かえばネフィアが見つかる気がしたのだ。


 お祭りで賑やかな表通りと反対に、路地裏には奇妙な静けさがあった。



 ぽちゃん。


 一歩足を踏み出すと、水を切るような音がした。


「ん? 水?」

 視線を下に向けると、巨大な水溜まりができていた。


「あれ、昨日、雨なんて降ったっけ?」

 昨夜は夜遅くまで起きていたが、雨の音はしなかった気がする。


 地面を良く観察すると、巨大な模様のようなものが書いてあるように見えた。


「何これ、魔法陣?」


 地面に掛かれた歪な形の魔法陣を見て、慌てて足をどけようとした。だが、水に足を取られて上手く動けない。


 よろめいてしまい、そのまま魔法陣の上に座り込んだ。巨大な魔法陣の模様が動いて、薄っすらと光っていく。


「うわっ!!」


 突然のことに逃げることができず、そのまま魔法陣の光に飲み込まれた。


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