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アビス3

 アビス大聖堂は、実際には二つの建造物群で分けられている。一つは、ゴシック様式のアビス司教座教会‐即ちアビス大聖堂であり、もう一つが「教皇宮殿」と呼ばれる、教皇の聖務室を有する建築物群である。この教皇宮殿は、カペル王国内での俗称であり、正式には聖務庁と呼ばれる王国固有の庁舎となっている。


「見事な政教非分離だな」


「白黒つけないのも教会の良さなのさ」


 大聖堂のバシリカを通り抜けながら、歴代教皇の肖像画を回覧した学生達は、幾つかの部屋へ続くほの暗い階段を登り、続けて採光窓の不要なバルコニーへ出る。大聖堂の裏側は、色調も厳格さもそのままに、悪魔の座像や殉教者を象った手摺りの支柱などが、纏まった世界観の外壁から突き出して目立っている。

 クロ―ヴィスはバルコニーから身を乗り出し、平らなシルエットの建物を指さす


「あれが教皇宮殿か!」


 クロ―ヴィスの指をさり気なく手で下ろした赤い帽子の男が答える。


「そうですよ。あの中では教会の建設認可や、司祭の任命、税の集計や諸経費の計算、祈り、聖典の暗唱、イニシエーションの儀式、年次祭祀の為の各種事務作業などを含む、各種聖務をこなしているのです」


「なんだ、案外しっかりしてるんじゃないか」


 クロ―ヴィスは感心したように言う。赤い帽子の男は無表情で答えた。


「私たちも、別に好きで肥え太った羊などと呼ばれているわけではありませんよ」


「すいません、この子はこういうところがありまして……」


 モーリスがクロ―ヴィスを諫める。彼はそっぽを向いたが、男はからからと笑って見せた。


「構いませんよ。人に寛容であることも、われらの教えです」


(目が笑っておりませんよ、枢機卿!)


 バニラは肝を冷やしながら、一連の会話を聞く。時折男の顔色を窺っては、再び教皇宮殿の外観を眺める事を繰り返していた。無論、彼が素晴らしい外観を詳細に観察するには、隣の光景が気まずい。彼は耳栓を欲したが、当然そんなものがあるわけもなく、仮にあったとしても、視界に映る枢機卿の袖が揺れるたびに緊張が走る。


 気が気でないバニラが見おろすには、教皇宮殿は大聖堂よりは実務的な建造物である。平らな屋根の上に背の高い機械時計付きの鐘楼があり、祈りの時間を告げている。それは古い要塞のタレットのように見える殺風景さで、外部から視認できるこの塔だけが真っ白な壁を持っていた。壁には採光の役割も担う狭間があり、これには木製の古風な窓が使われている。

 扁平ではあるが鐘楼や控え壁のお陰で変化にとんだ高低差があり、また、ややくすんだクリーム色も、却って年季のかかった独特の魅力がある。


「枢機卿、一つご質問よろしいでしょうか?」


 バニラは思い切って声をあげる。視線を始めてこちらに向けた枢機卿は、先ほどよりやや低い声で応じた。


「どうぞ」


「教皇宮殿はシンプルな、どちらかと言うと要塞のような印象を受ける建物です。恐れながら、アビス大聖堂同様、壮麗な建造物にしなかった理由は何かあるのですか?」


「良い質問です。確かに、神の御威光に相応しい大聖堂と比べると、やや地味なつくりになっていますね。しかし、これも、国家や聖職者の重鎮を守るために必要な事なのです」


「アビスの教皇宮殿は、もう一つの教皇庁からすれば、いつでも非難したい対象だ。当時のカペル王国においても、この場所を守るのは、相当な重要度だったはずだ」


 ルクスは、参拝の為に外した帽子を構いながら続ける。教皇宮殿に向けて、乾いた風が吹き抜けていく。


「左様。この場所は、私達カペルの聖職者にとって欠くことのできない、中枢なのです」


「……カペル王国政府の努力によって、この場所に建ち続けているのですね」


「えぇ、中に入れないのも、その重要性故なのです。どうか、今も聖務に就く御羊同様、わが国もといアビス教皇庁の繁栄のために、祈りを」


 枢機卿は祈りの仕草をとる。バニラ、モーリスもそれに倣い、ピンギウがこれに続く。ルクスとクロ―ヴィスも静かに祈りの仕草をとる。


 アビスの長い馬車の渋滞が陽光に当てられてキラキラと輝く。アビス大聖堂の薔薇窓が、施しを求めてこの場所に集った乞食たちに彩のシャワーを与える。高く聳え立つ、人々の時間を司る機械時計が、直天を指さしてカラン、カラン、と高い声で歌った。


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