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アビス1

 アビスに入場したバニラ達は、まず最初に信仰を試す僧兵による質問に答える。信仰に関する事や、神々に関する基礎的な事項などを事務的に尋ねられ、最後に一同に向けて祈りの口上を述べる。


「心の芯まで信仰心、ってわけだな」


 クロ―ヴィスはバニラに耳打ちをする。二人の安全の為、バニラは敢えてこれを無視した。

 馬車が白い市壁の向こう側に入場を果たすと、真っ先に彼らを迎え入れたのは巨大な神々の立像であった。


 聖マッキオが彼らを見据え、品定めのカンテラで照らす。女神カペラがヴェールを風に靡かせて、天上を示す花冠に手を当て空を仰ぐ。ダイアロスは跪くようにしながら女神の隣におわし、金床に横たわる宝剣を叩く。ダイアロスの鍛冶を見下すオリエタスは、腕を組みその仕事ぶりに感服している。そしてフォルカヌスが車輪に座し、アビスの大聖堂へ続く道を示す。

 オリヴィエスはマッキオの隣で、雷を纏った黒雲に跨り、人々を見下している。

 初めに上を仰ぎ信仰の衝撃を受けたバニラが正面に視線を戻すと、今度は引き攣った笑みが零れる。

 人でごった返した大通りの中心には、馬車が隙間なく並ぶ。緩やかな傾斜の中で転がり落ちてきたゴミは、市壁や入口で止まり、異臭を放っている。その人混みではとてもではないがさばき切れない大量のごみ溜めと化した市壁の裏に、腰を据えて項垂れる乞食たち。腐敗した食物の臭いにバニラが思わず鼻をつまむと、ルクスがすかさず指を立てて語る。


「『上を見上げれば絢爛な都、下を見下ろせば地底(アビス)の様相』、アビスという都市は、そう言う都市なのさ」


「でも、いくら何でも汚すぎじゃありませんか?これ、ペアリスよりひどいですよ?」


「アビスは宗教都市。需要があるから、施しを受ける事を生業にする乞食も大量にいる。彼らは家を持たないから、ごみはその場に捨てるしかない。そして、緩やかな傾斜は結果的に町の中心部にゴミを溜めないことに貢献して、代償として市壁周りが非常に汚くなる。神は空におわすから、アビスの教会はそちらの掃除で忙しい。そのまま放置されたごみが、この通りってわけだね」


 馬車の速度が入り口付近で一気に減速するのも相まって、その異臭はバニラを酷く苦しめた。

 耐え難い臭いに耐えながら、ゆっくりと動く傾斜の上で、学生達は暫く鼻をつまみながら話を続ける。アビスの想像以上の盛況ぶりに、バニラはカペル王国の篤信を見出した。


「教会へ向かう道が一番混んでいて、同じくらい市場へ続く道も混んでいますね。馬車が多いですけど」


「ったく、もどかしいよなぁ」


 クロ―ヴィスは空いた手で蠅を払いのけて言う。不快感極まる表情が、却ってバニラを安堵させた。


「仕方ないですよ。この町が混まない時なんて、流行病があった時くらいでしょう」


「ところが、宗教都市だから却ってそう言う時にも混むんだねぇ」


「信仰心で病が治るなら、俺は毎日神に祈るね」


「瘴気が元気に撒かれるとも言うけどね」


 ルクスは膝に置いた帽子の羽根を構いながら言う。クロ―ヴィスは尖った犬歯を見せて不敵な笑みを浮かべた。


「それを言うなら無能ほど筆が捗る、だろう?」


「僕からすれば、元気より食い気ですけどね」


「お前は食い気より酒気だろうが」


 バニラは思わず吹き出す。ピンギウも満更ではない様子で、「腹痛が無ければ全部健康ですよ」とそっぽを向いた。高い笑い声が馬車の中に響き、通行人が窓の外で顔を上げる。馬車は漸進し、半刻もすると、ようやく彼らの初めの目的地が顔を覗かせた。


「ほら、君達。そろそろ降りるからね」


 モーリスが荷物を持ち上げる。生返事で反応が帰ってくると、彼はふぅ、と一つ息を吐き、馬車が停車するまでに荷物を纏めた。


「ようやく、これの出番だね」


 ルクスは帽子を被りなおす。暇つぶしに良く手入れされた帽子は、羽根だけが少し曲がっている。


 一同はモーリスを先頭に、ルクス、クロ―ヴィス、ピンギウ、バニラと下車をする。相変わらずの混雑で足元を酷く気にして降り立ったバニラがようやく顔を持ち上げると、そこには、背の高い尖塔に守られた、派手な装飾のある白色の大聖堂が佇んでいた。


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