第9話 魔王とDIY
「よし、それじゃあ今日は、みんなでこの玉座の間を『もっと居心地のいい我が家』に大改造しよう!」
朝食を片付けたあと、俺は両手を叩いてそう宣言した。
S級ダンジョンの最深部。そびえ立つ黒曜石の壁や冷たい石造りの床は、いかにも「魔王城」らしくて威厳はあるけれど、今の俺たち――パパと娘、そして相棒の女の子と大型犬(?)のような幹部が暮らすには、少し無機質で殺風景すぎた。
「大改造……? いったい何を始めるのだ?」
「ふふ、見ててね。白雪さん、買い出しリストのチェック頼むね」
「はいっ! ネット通販と転送魔導陣を使って、木材やクッション、ラグマットを大量に取り寄せました!」
白雪さんがタブレットを掲げると、部屋の隅にドサッと大量の資材や家具のパーツが転送されてきた。
配信のコメント欄も、今日の企画を聞きつけて一気に盛り上がりを見せている。
『DIY回キターーー!』
『どう変わるのか楽しみすぎる』
『ガロン将軍の筋肉が火を吹く予感しかしないwww』
『ルチアちゃん専用のミニソファーとか作ってほしい!』
「おう、任せてくだされ!」
ガロンが、二メートル超の巨体をバキバキと鳴らしながら一歩前に出た。
「力仕事ならこのガロンにお任せを! 城の修繕でも家具の組み立てでも、何でも粉砕……いや、綺麗に組み立ててみせますぞ!」
「頼もしいね。じゃあまずは、この冷たい石の床に、ふかふかの特大ラグマットを敷こうか」
◇
そこから、魔王城の大掃除と大改造が始まった。
まずは全員でホコリを払い、魔導換気窓をピカピカに磨き上げる。
ルチアも小さなモップを両手で持ち、「えいっ、えいっ!」と背中を丸めながら床を一生懸命拭いて回った。
「ふぅ……綺麗になると、なんだか気持ちがいいのだ!」
「本当だね。ルチアのおかげでピカピカだ」
床を綺麗にしたあと、いよいよDIYのメインイベントである。
俺は電動ドライバーを手に取り、ルチア専用のソファーの組み立てに取り掛かった。
「パパ、それはなんだ?」
「ルチアが座るためのソファーだよ。ほら、ここにクッションを置いて……よし、完成!」
淡いピンク色のモコモコしたクッションがついた小さなソファが出来上がった。
ルチアは目を輝かせて駆け寄り、ちょこんと腰掛けた。
「わぁ……! すごくふかふかで、包み込まれるような心地よさなのだ……! ここが我が特等席か!」
「似合ってるよ、ルチア。とっても可愛いよ」
さらに、ガロンはその圧倒的な怪力と器用さを発揮し、分厚いオーク材を使った頑丈なリビングテーブルをあっという間に組み上げてしまった。
白雪さんは壁際に本棚やぬいぐるみ用の飾り棚を設置し、温かみのある間接照明を配置していく。
殺風景で冷たかった最深部の玉座の間が、わずか数時間で見違えるほど「あたたかくておしゃれなリビングルーム」へと生まれ変わった。
「……す、すごい……まるで別世界みたいです……!」
白雪さんが感嘆の声を漏らし、ガロンも自分の大きな手を眺めながら「我ながらいい仕事をしたものだ」と満足そうに鼻を鳴らしている。
♢
しかし、これだけの重労働をこなせば、当然お腹がペコペコになる。
「ふぅ……よく働いた! みんな、お疲れ様!」
「お腹がペコペコなのだ! パパ、今日のランチは何なのだ!?」
ルチアがお腹を押さえてキュルルと音を鳴らすと、俺はニヤリと笑ってキッチンへと向かった。
「これだけ体を動かした後は、身体の芯から温まるものがいいよな。今日は──『具だくさん豚汁』と『ほかほかおにぎり』だ!」
大きな鍋に、豚バラ肉、大根、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、ネギ、そしてたっぷりの豆腐を投入し、特製の合わせ味噌でじっくりと煮込む。
鰹と昆布の出汁の香りに豚の旨味が溶け込み、湯気と一緒に最高の匂いが部屋中に立ち込めた。
そして、もう一つの主役。
炊きたてのツヤツヤな白米に塩をまぶし、両手を水で濡らして手際よくふっくらとしたおにぎりを握っていく。
中身は、香ばしく焼いたシャケと、梅干しの2種類。仕上げにパリッとした焼き海苔を巻く。
「お待たせ。大改造を頑張ったみんなへ、『具だくさん豚汁とほかほかおにぎり』の定食だよ」
目の前に置かれたお椀と、湯気の立つ大きなおにぎり。
ガロンはラーメンどんぶりサイズの器に山盛りの豚汁とおにぎりを受け取り、思わず目頭を押さえた。
「これは……! なんというか、故郷の温かさを思い出すような……いや、それ以上の……!」
「ガロン、故郷は遠い昔に滅ぼされた魔界の荒野だろ」
「しかし、この豚汁を一口飲めば、どんな荒野も楽園に変わる気がするのだ……!」
ガロンは大きなおにぎりをガブッと一口で頬張り、すかさず熱々の豚汁をかきこんだ。
ルチアも両手でおにぎりを持ち、小さなお口でパクッとかぶりついた。
「おいちいぃぃ……! お米がふっくらしていて、塩気とシャケの旨味が最高なのだ! そしてこの豚汁……お肉がホロホロで、根菜に旨味が染み込みまくっておる……!」
白雪さんも、お椀を両手で包み込んでスープを啜り、幸せそうに目を細めていた。
「身体の芯から染み渡ります……。重労働のあとの豚汁って、どうしてこんなに美味しいんでしょう……」
「でしょ? やっぱり、みんなで汗を流したあとのご飯が一番美味しいんだよ」
新しく生まれ変わった温かいリビングで、家族みんなで囲む食卓。
窓の外には相変わらず険しいS級ダンジョンの闇が広がっているけれど、この玉座の間だけは、世界で一番優しくて明るい光に包まれていた。
配信のコメント欄も、その温かな空気感に完全に魅了されている。
『豚汁とおにぎりとか、日本人の魂に効きすぎる……』
『どんどんアットホームになっていくの感動する』
『ガロン将軍、すっかり良きお父さん枠になってて草』
『こんな最高の配信、ずっと見ていたいわ』
綺麗に片付いた部屋、美味しいご飯、そして大切な家族。
俺たちのダンジョンは、着実に最高の形へと進んでいくはずだった。
その平和な魔王城の地下深く、誰も気づいていない『最下層の封印区画』で、異変が起き始めていた。
『警報・セキュリティ回路に異常発生』
『──未登録の侵入者、ダンジョン深層へ接近中』
リビングに設置された白雪さんのサブモニターが、突如として赤く点滅を始める。
画面に映し出されたのは、不気味な黒い紋章を纏った、見慣れない「人間の影」だった。
平和な日常の裏で、静かに、そして確実に「次の嵐」が牙を剥こうとしていた。




