第10話 迷惑系配信者①
俺たちが、S級ダンジョンの最深部で始めた配信『魔王ちゃんねる』は、開設からわずか数週間でネット上を激震させるほどのバズを引き起こしていた。
その立役者となったのは、何と言っても元・大手ギルドの敏腕プロデューサーである白雪さんだ。
「浅倉さん、ルチア様! 今日の配信企画は『ダンジョンで採れる巨大キノコを使って、特製メガ盛りホイル焼きを作ってみた!』で行きますよ!」
「おおーっ! あの我の背丈ほどもある青いピカピカしたキノコか! 美味しく焼けるのか、パパ!?」
「任せろ。傘の部分にバターと醤油を垂らして、アルミホイルでじっくり蒸し焼きにすれば絶対美味いからな」
そんなふうに、俺たちは毎日のように色んな企画に挑戦してきた。
『【飯テロ】S級魔物の肉をサクサクのステーキカツにしたら美味すぎた』
『【ほのぼの】幼女魔王様、初めてのクッキー作りに挑戦!』
『【衝撃】魔王軍幹部にデカ盛り特大ラーメンを出してみた結果www』
どれもこれも、俺たちの「ありのままの日常」を映した動画ばかりだ。
ルチアが楽しそうにクッキー生地をこね、顔中を小麦粉だらけにして「パパ、見てくれ! 我の顔の形にしたのだ!」と笑う姿。
ガロンが巨大などんぶりを片手で軽々と持ち上げ、熱々のスープを豪快に飲み干して「うおおおっ! 五臓六腑に染み渡るぞ、シェフ!」と目頭を押さえる姿。
白雪さんがカメラの後ろで「尊い……尊すぎますルチア様……っ!」と涙を流しながら配信画面の数値をチェックする姿。
配信をするたびに同接数はうなぎ上りに増え、チャンネル登録者数はあっという間に10万人を突破した。
コメント欄は、いつも温かい言葉で溢れていた。
『今日も、ルチアちゃんが天使すぎて生きるのが楽しい』
『ガロン将軍の食べっぷりが最高に気持ちいいんだよな』
『パパの料理、マジで画面越しに香りが漂ってきそう』
『ブラックギルドから救われて、本当によかったね……』
――しかし。
光が強くなればなるほど、その陰に「悪意」や「半信半疑の視線」が渦巻き始めるのは、ネット社会の世の常だった。
人気が高まるにつれ、まとめサイトやSNSの匿名掲示板では、心無い書き込みが増え始めていたのだ。
『【悲報】F級の生贄探索者、S級最深部で幼女魔王とスローライフを送ってしまうwww』
『絶対コレCGだろ。S級ダンジョンにそんな居心地いい場所あるわけねえ』
『ヤラセ乙。魔物と仲良くなれるわけないだろ。どうせスタジオ撮影の合成画面だわ』
『現地行って確かめてくるわ。バズったら天下取れるぞwww』
ダンジョン最深部という、人間が滅多に辿り着けない「絶対の領域」だからこそ、「あんなの全部仕込みの偽物だ」と決めつける人間が現れる。
画面の向こう側に蠢くそんな不穏な空気を、俺たちはまだどこか他人事のように捉えていた。
「ルチア、今日はいいお天気……とは言えないけど、風が気持ちいいな」
「うむ! パパ、今日のご飯は何なのだー!?」
魔王城の中庭――ダンジョン内に存在する、天井の魔導結晶が柔らかな光を注ぐ特殊な採光エリア。
新しく買い揃えたガーデンテーブルと椅子を囲み、俺、ルチア、白雪さん、そしてガロンの4人は、ぽかぽかとした陽気のような温もりの中でランチタイムを過ごしていた。
今日のお昼は、焼きたてのふんわり食パンに、香ばしい厚切りの焼きハムとトロトロのスクランブルエッグ、シャキシャキのレタスを挟んだ『特製わんぱくサンドイッチ』だ。
「おいちい……! パンがふわふわで、たまごがとろけるのだ!」
「口の端にマヨネーズがついてるぞ、ルチア」
俺が指先で優しく拭ってやると、ルチアはえへへと嬉しそうに目を細める。
ガロンは片手で特大サイズのサンドイッチを三つ並べて豪快に頬張り、「うむ! 卵とハムの調和が素晴らしい!」とオオカミの尻尾をパタパタ揺らしていた。
白雪さんも「やっぱりみんなで食べるお昼ご飯が一番美味しいですね」と、淹れたての紅茶を一口啜って微笑んでいる。
平和で、どこまでも穏やかな時間。
俺たちが血の滲むような思いをして守ってきた、ささやかで大切な我が家の風景。
――しかし、その平和は唐突に、暴力的な音とともに破られた。
バシャアアンッ!!
「ひゃああっ!?」
突然、中庭の端にある綺麗な水たまりが激しく踏み荒らされ、濁った水しぶきが上がった。
そこには、ルチアが毎朝「おはよう」と声をかけてかわいがっていた、小さな青いスライムが怯えたように体を震わせている。
「うおっ、なんか気味の悪いスライムがいるぞ! 蹴っ飛ばしちゃえwww」
「おいおい、カメラ回してるか!? 『【閲覧注意】噂のヤラセ魔王城に突撃してみた』の撮影中だぞ!」
土足で中庭になだれ込んできたのは、派手な金髪やピンク髪に染めた3人組の男たちだった。
首からは超小型の高性能ドローンカメラを浮遊させ、手には強い光と衝撃波を放つ危険な魔力ポッドを握っている。
「な、何ですか、貴方たちは……!? ここは正規の立ち入り許可が必要な――」
「あ? うっせぇな、眼鏡! 俺たちは、チャンネル登録者数50万人の『デンジャラス・ブラザーズ』様だぞ! こんなS級ダンジョンで『おままごと』やってるニセモノを暴きに来てやったんだよ!」
男たちのリーダー格――チャラチャラした軽薄な笑みを浮かべた男が、ズカズカと俺たちのテーブルへ歩み寄ってくる。
靴の裏についたドロドロの泥を、俺たちが綺麗にお手入れした石畳になすりつけながら。
「おいおい、なんだこの飯? サンドイッチ? バカじゃねぇのwww S級ダンジョンの最深部でピクニックかよ!」
男があざ笑うと同時に、テーブルの上に置いてあったルチアの小さなコップ――白雪さんが買い出しの時にプレゼントしてくれた、お気に入りのうさぎ柄のマグカップを、肘で嫌がらせのようにコツンと突いた。
ガチャンッ!!
甲高くて痛烈な割れる音が、静かな中庭に響き渡る。
「あ……っ……我の……我のコップが……っ」
床に落ちて無残に砕け散ったマグカップと、そこに広がっていくオレンジジュース。
ルチアの大きな赤い目が、みるみるうちに涙でうるんでいく。小さな手を震わせ、割れた破片を見つめるルチアの姿に、胸が締め付けられるような痛みが走った。
「おっと、手が滑っちゃったわ〜www ごめんな〜、おこちゃま魔王ちゃん?」
男たちは反省する色などサラサラなく、ヘラヘラと下品に笑いながら、浮遊するドローンカメラに向かってポーズを決めた。
「リスナーのみんな見みてるー!? 噂の魔王、ただの泣き虫のガキでしたー! 動画の演出に騙されてたバカども目覚ませよ! タクミとかいうF級も、ただの仕込み役で――」
その瞬間。
俺の中で、何かがブツンと断ち切れる音がした。
周囲の音が遠のき、視界が一瞬で冷え切っていく。
ゴォォォォォン……ッ!!
地響きのような恐ろしい圧力が、中庭全体を包み込んだ。
ガロンの瞳が黄金色に怪しく輝き、鋭い爪が床の石畳を深々と削り取っている。全身の毛を逆立て、二メートルを超える巨体から放たれる殺気は、空気を物理的に重くさせるほどだった。
「……貴様ら。万死に値するぞ」
「ひっ……!? な、なんだこの圧……!?」
男たちの顔から一瞬で余裕が消え、ガタガタと膝を震わせ始める。
ガロンが今にも男たちの首を跳ね飛ばそうと一歩踏み出した、その時――。
「ガロン、待って」
俺は静かな声で、ガロンを制した。
「パパ……?」
涙をポロポロとこぼしたルチアが、恐る恐る俺の服の裾をギュッと掴んでくる。
俺はルチアの前にしゃがみ込み、その小さな頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ、ルチア。怪我はない?」
「う、うん……でも、コップが……パパとお揃いの、大切なコップが……っ」
「うん、分かってる。あとで絶対、元通りにするからね」
俺はルチアに微笑んで見せると、立ち上がり、床に散らばったマグカップの破片を一つずつ、丁寧に拾い上げた。
手の中で拾い集めた陶器の冷たさが、俺の心の中に渦巻く怒りを、どこまでも静かで鋭い結晶へと変えていく。
男たちの方へとゆっくり振り返る。
自分でも驚くほど、声が低く、澄んでいた。
「君たち。動画のネタ作りのために、人の家を踏み荒らして、子どもの思い出を傷つけたんだな?」
「あ? 何だよ、F級の分際で凄んでんじゃねぇよ! 俺たちは、登録者50万人の大物配信者だぞ! 俺たちに手を出してみろ、ネットでお前らを『暴力を振るう危険な魔物』として拡散して炎上させてやるからな!」
男は必死に強がりながら、ドローンカメラを俺の顔へとしつこく近づけてくる。
怒鳴り散らす気にもならなかった。
ここで力任せに殴り倒す気も起きなかった。
そんなことをしたら、それこそ奴らの思い通りになり、ルチアたちとの平和な時間を汚すことになるから。
しかし――この場所を、俺たちの「大切な我が家」を土足で踏みにじった罪は、絶対に重い。
「……いい度胸だ。そのカメラ、配信止めんなよ」
「は……?」
「お前たちがやっていることがどれだけ愚かなのか……身をもって教えてやる」
俺たちの穏やかな日常を壊しにやってきた、迷惑系配信者たち。
S級ダンジョン最深部を舞台にした、本当の「世間との戦い」が、今幕を開けようとしていた。




