第6話 もこもこパジャマパーティー
「──ふぅ、極楽極楽」
もくもくと温かい湯気が立ち込める広大な空間で、俺は思わず息を吐き出した。
大扉をガロンが修理している合間、白雪さんが見つけてくれたのが、玉座の間の奥にひっそりと隠されていた『魔導大浴場』だった。
ダンジョン内の豊富な魔力で自動加熱された天然温泉。壁には幻想的に光る青い魔導鉱石が埋め込まれ、まるで最高級旅館の露天風呂のような趣がある。
「パパぁ! 見てみろ! お湯がチャプチャプして気持ちいいぞー!」
お湯の中でプカプカと浮かびながら、無邪気に歓声をあげるのは幼女魔王のルチアだ。
ハンバーグで満腹になったお腹をぽっこりと膨らませ、気持ちよさそうに目を細めている。
「ルチア、泳ぐと危ないから気をつけてな。ほら、頭を洗うからこっちおいで」
「うむ! パパに洗ってもらうのだ!」
ちょこちょことお湯からあがってきたルチアを風呂用のイスに座らせ、ぬるま湯で細い銀髪を濡らしていく。
白雪さんが持ってきてくれた低刺激のイチゴの香りのシャンプーを手に取り、優しく泡立ててあげる。
「えへへ……頭がモコモコなのだ……」
「かゆいところはない? 目に入らないように目を閉じててね」
「ん……パパの手、とっても温かくて気持ちいいぞ……」
ルチアは目をぎゅっと閉じ、くすぐったそうに身を委ねてくる。
両親を亡くし、ずっと一人で妹を育てながら自分の時間を後回しにして生きてきた俺にとって、こうして小さな子どもを可愛がり、世話をする時間は何物にも代えがたい癒やしだった。
「はい、お湯で流すよー」
「じゃばーっなのだ!」
泡を綺麗に洗い流し、最後に特大のバスタオルでルチアを包み込む。
濡れた小動物のようなルチアを抱き上げたまま、リビングスペースへと向かう。
「浅倉さん! ルチア様! 準備万端です!」
白雪さんが、目をキラキラと輝かせて待っていた。
「白雪さん、その手に持ってる山のような服は……?」
「ふふふ、地上から持ってきた最新の『パジャマコレクション』です! リスナーの皆様からも『着せ替えをしてほしい』と熱烈な要望が殺到しておりまして!」
白雪さんが広げたのは、フリルがたっぷりついたウサギ耳付きのモコモコパジャマや、くまさんの刺繍が入った可愛らしいキッズウェアの数々だった。
「む!? なんだそのモコモコした服は!? 我が着るのか!?」
「はい、ルチア様! どれも肌触り最高で、とっても可愛いですよ!」
「ぬぬ……我は恐ろしき魔王……そんな可愛い服など……っ!」
──と言いつつも、ピンク色のウサギ耳パジャマに興味津々で手を伸ばしている。
白雪さんの手によってお着替えが完了すると――そこに降臨したのは、反則級に可憐な「ウサギ耳モコモコ魔王様」だった。
「ど、どうだパパ……? 変、ではないか……?」
萌え袖になった手を口元に当て、上目遣いで尋ねてくるルチア。
「……めちゃくちゃ可愛いよ、ルチア。世界一似合ってる」
「えへへ……やったのだー!」
俺の言葉に、ルチアはウサギのフードの耳をぴこぴこと揺らしながら、全身で喜びを表現して抱きついてきた。
その瞬間、白雪さんのカメラを通じて、配信画面のコメント欄が恐ろしいスピードで流れていく。
『尊すぎる……』
「ウサ耳ルチアちゃんかわいすぎる!!』
『同接3万人超えてる』
『地上波のどんな番組より癒やされるんだが???』
「ふふ、大盛況ですね」
白雪さんが、満足そうに頷く。
そこへ、お風呂上がりで身体がポカポカしているルチアが、俺の服の裾を引っ張った。
「パパ……喉がかわいたのだ。なにか冷たくて甘いものが飲みたいぞ?」
「よし、それならとっておきの『お風呂上がりのメニュー』を作ってあげよう」
俺はポータブル冷蔵庫から、きんきんに冷えた牛乳、完熟のバナナ、新鮮なイチゴを取り出した。
ミキサーにイチゴ、少量の砂糖、そしてたっぷりの牛乳を投入し、スイッチを入れる。
ウィーンという音と共に、鮮やかなピンク色の特製ドリンクが完成した。
「はいどうぞ、タクミ特製『搾りたて苺のフルーツ牛乳』だよ」
氷を入れたグラスに注ぎ、ルチアと白雪さんに差し出す。さらに、小皿には冷たいバニラアイスを添えた。
「フルーツ牛乳……! いただきますなのだ!」
ルチアは両手で小さなグラスを抱え、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「……っはぁぁぁぁぁ! 冷たくて、甘くて、苺の甘酸っぱさがお口いっぱいに広がるのだぁー! お風呂上がりの身体に染み渡るぞ、パパ!」
「ふふ、口のまわりに白といちごのヒゲがついてるぞ」
ハンカチで拭いてやると、ルチアは添えてあったバニラアイスをスプーンですくい、嬉しそうに頬張った。
「アイスも冷タクて甘くて最高なのだ……! パパ、我は世界一幸せな魔王なのだぁ……!」
膝の上に乗っかり、甘えてくる。かわいい。
その隣で、アオイもフルーツ牛乳を一口飲んで「はぁぁ……」と深いため息をついていた。
「浅倉さん……こんなに美味しくて贅沢なお風呂上がり、人生で初めてです。私、ギルド時代はシャワーを浴びる時間すら惜しんで働かされていたので……」
「白雪さん、もう無理しなくていいんですからね。ここでは美味しいものを食べて、しっかり休んでください」
「……はい! タクミさん、ありがとうございます……っ!」
ダンジョン最深部の一角。
かつて惨劇の舞台にされようとしていたこの場所は、今や誰もが温もりを感じられる「本当の我が家」になりつつあった。
コメント欄も、殺伐とした言葉は一切なく、温かい祝福と癒やしの声で溢れかえっている。
『なんか涙出てきた……』
『ブラックで苦しんできた二人が、ルチアちゃんと出会えて本当に良かった』
『みんな幸せになってくれ……!』
『投げ銭送らせてくれええええ!』
「よし……ルチア、そろそろ絵本を読みながら寝ようか」
「うむ! パパのとなりで寝るのだー!」
モコモコのウサギパジャマに身を包んだルチアを抱きかかえ、俺たちは温かいベッドへと向かった。




