第5話 魔王軍の乱入
「よし……同接、ついに1万人の大台を突破しました!」
玉座の端にセッティングされた臨時サブモニターの前で、白雪さんが眼鏡をクイッと押し上げながら声を弾ませた。
「口コミとSNSのショート動画の効果が絶大ですね。じわじわと定着してくれたリスナーさんたちが『神配信を見つけた』って拡散してくれています!」
「1万人か……なんだかすごい数字だな」
俺は、フライパンの油をキッチンペーパーで手際よく拭き取りながら息を吐いた。
最初はたった50人ほどの、悪質なデスゲーム配信として始まった画面。
それが今や、白雪さんの圧倒的な4K映像技術と機材のおかげで、1万人もの人々がリアルタイムで俺とルチアの日常を見守ってくれているのだ。
「パパ! 次はなにか肉の匂いがするぞ! 我が胃袋が『早く入れろ』と叫んでおる!」
「はいはい、焦らない焦らない。ルチア、今日は『厚切りジューシーハンバーグ』だよ」
「はんばーぐ……!? またしても聞いたことのない魅惑の言葉……!」
ルチアは小さな両手を頬に当て、期待に目を輝かせている。
挽肉に炒めた玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵、塩コショウを混ぜ、両手でキャッチボールをするように空気を抜く。フライパンに落とすと、ジューッという肉汁の弾ける官能的な音が響き渡った。
『うわあああハンバーグだあああ』
『音がやばい、肉汁の煌めきまで見えて腹減るw』
『同接1万人おめでとう!』
『ルチアちゃんの期待に満ちた顔、マジで癒やされるわ……』
白雪さんのプロデュースのもと、コメント欄もすっかり温かいファンで溢れ返っていた。
──しかし、その平和な空気が、一瞬で破られた。
ドゴォォォォォォォンッ!!
「……っ!?」
最深部の大扉が、恐ろしい爆音と共に激しく吹き飛んだ。
鉄くずと石粉魔気が舞い散る中、巨大な影が玉座の間へと足を踏み入れる。
「──魔王様ぁぁぁぁぁっ!! ご無事ですかぁぁぁっ!!」
地響きのような雄叫びが響き渡る。
そこに立っていたのは、身長二メートルを超える巨体──銀色の毛並みに覆われた、狼の頭部を持つ大男だった。
背中には巨大なバトルアックスを背負い、全身から凄まじい威圧感の魔気を放ちまくっている。
「ぬ!? ガロンではないか!」
「ルチア、下がりなさい!」
俺はすぐさまルチアと白雪さんを背中に庇い、サバイバルナイフを構えた。
こいつは……間違いなく本物の魔物。それも、このS級ダンジョンの上位幹部クラスだ。
「き、貴様かぁぁぁっ!!」
オオカミ男──魔王軍幹部・ガロンは、燃え盛る赤い瞳で俺を睨みつけ、丸太のような太い指で俺を指さした。
「人間め! 最深部に駆けつけてみれば……魔王様をエプロン姿で油断させ、得体の知れない黄色い物体やプルプルした物体を食べさせ、洗脳しているとはなっ!!」
「せ、洗脳してないですよ! ただご飯を作ってるだけで─回線」
「騙されるものかぁっ! 先代魔王様が崩御され、幼いルチア様が即位された隙を突くとは卑劣なり! 魔王軍第一将軍ガロン! 我が斧にて貴様を八つ裂きにし、魔王様をお救いする!!」
ガロンが、背中のバトルアックスを豪快に引き抜く。
その凶悪な威圧感に、ドローンカメラ越しに配信を見ている視聴者たちも大パニックを起こした。
『うわあああ本物のガチ怪物出たあああ!?』
『デカい! 狼男!? 魔王軍の幹部か!?』
『同接が一気に1万5千人に跳ね上がってるけど、それどころじゃない!!』
『ルチアちゃん逃げてぇぇぇ!』
「ガロン! やめるのだ! パパを傷つけては──」
「魔王様、騙されてはなりませぬ! 人間などという不潔な種族の作った食べ物など、毒に違いありません! 今すぐ我が引き裂いて──」
ブシューッ……!!
ガロンの咆哮を遮るように、フライパンから香ばしい煙と、暴力的なまでの『肉の焦げる芳醇な香り』が立ち上った。
「な、なんだこの香りは……!?」
俺がひっくり返したハンバーグの表面には、綺麗な焼き色がつき、溢れ出た肉汁がじゅわじゅわと泡立っている。
俺は手際よく赤ワイン、ケチャップ、ウスターソース、バター、そして醤油を隠し味にフライパンへ投入。一気に煮詰めると、甘辛く濃厚な極上のソースの香りが玉座の間全体を包み込んだ。
「ぐっ……!? こ、これは……なんという……なんという甘美で刺激的な香りなのだ……!?」
ガロンの狼の鼻が、ぴくぴくと激しく痙攣し始めた。
人間の何千倍も鼻が利くオオカミ男にとって、最高品質の合挽肉と特製ソースが焦げる香りは、脳を直接殴られるような衝撃だったらしい。
ゴクリ……。
ガロンの喉から、大きな生唾を飲み込む音が聞こえた。
「ガロン、お腹空いてるの? パパの作るご飯すっごく美味しいぞ?」
「うぐっ……! ま、惑わされぬ! 我のような誇り高き狼人が、人間の作ったエサなどに……!」
「はい、ガロンさんの分も焼けましたよ。熱いので気をつけてくださいね」
俺は分厚い熱々のハンバーグにソースをたっぷりかけて、ガロンの前にそっと置いた。
「ぬ……ぬぬぬ……!!」
ガロンはバトルアックスを握り締め、ぷるぷると震えている。
しかし、目の前で黄金色に輝く肉の塊と、立ち上る湯気の誘惑には勝てなかった。
「……くっ! 毒が入っていないか、我が確かめてやるまでのこと……っ!」
ガロンは大きな爪でフォークをぎこちなく持ち、ハンバーグを大きく切り分けた。
それを一気に、大きな口の中へと放り込む。
「……ッッ~!?!?」
ガロンの目が、落雷を受けたかのように見開かれた。
噛みしめた瞬間に口いっぱいに広がる、濃厚な肉の旨味。玉ねぎの甘みと、甘辛くコク深いソースが、噛むたびに溢れ出して舌を包み込む。
「う……うまぁぁぁいっ……!」
最深部に、ガロンの絶叫が轟いた。
「な、なんだこの肉はっ!? フワフワなのに噛むと肉汁が波のように押し寄せてくる! ソースの甘みと酸味が肉の旨味を極限まで引き立てているぞ!? 我らが普段食っている生肉とは比べものにならん……っ!!」
ガロンは巨体を丸め、なりふり構わずハンバーグをむしゃむしゃと貪り喰らい始めた。
「うま……美味い……っ! パパ……いや、シェフ! おかわりだ! おかわりをくれぇぇぇっ!!」
「はは、たくさん焼いてあるから大丈夫ですよ。落ち着いて食べてください」
さっきまでの殺気はどこへやら、大型犬のように尻尾をフリフリさせながらお皿を舐め回すガロン。
それを見ていた白雪さんが、にやりと勝利の笑みを浮かべてドローンカメラの角度を調整した。
「嘘だろ……』
『魔王軍の幹部、ハンバーグで完全に落ちたwww』
『オオカミ男が尻尾振って『おかわり!』は可愛すぎるだろwwww』
『同接2万人突破したぞ!!』
『てか、パパの胃袋攻略スキル、人間だけじゃなくて魔物にも効くのヤバいwwww』
「ふふん! 見たか、ガロン! 我がパパのご飯は世界一なのだぞ!」
「ははーっ! 魔王様、お目が高い! このタクミ殿こそ、我が魔王城の最高料理長……そして魔王様のパパに相応しいお方でございます!」
ガロンはあっさりと俺を認めて、頭を下げたのだった。




