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第4話 追放された美人プロデューサー

 ダンジョン最深部に朝の光が薄っすらと差し込む頃、俺は目を覚ました。


「う、うぅん……パパぁ……ご飯……」


 隣ではルチアが幸せそうな寝顔で、俺の服の裾をぎゅっと抱きしめながら寝返りを打っている。

 昨日の出来事が夢じゃなかったことにほっと胸を撫で下ろし、俺は静かに立ち上がった。


 約束通り、朝のおやつ兼朝食の『プリン』作りを開始する。

 一人暮らしの10年間で何度も作ってきた手慣れた手順。ポータブルコンロの上に小さな小鍋をかけ、牛乳と卵、砂糖を絶妙な火加減で混ぜ合わせていく。


 やがて甘く香ばしいカラメルの匂いが部屋いっぱいに広がり始めると──


「……はっ!? この匂いは……!?」


 ルチアが跳び起きた。

 寝癖のついた銀髪を爆発させながら、目をこすり、鼻をぴくぴくと動かしている。


「おはよう、ルチア。よく眠れた?」

「パパ、ぷりんはまだか……? 我の心臓がドキドキして破裂しそうなのだ……!」


 玉座の間に置かれた簡易テーブルの前で、ルチアが小さな両手を握りしめ、目をキラキラと輝かせていた。


「もうすぐ固まるから、ちょっと待っててね」

「うむ! 『待て』は得意なのだ! ……ぬぬぬ、しかし匂いだけでお腹が鳴ってしまう……!」


 ルチアはお腹を両手で押さえながら、ウズウズと身体を揺らしている。


 一人暮らしの10年間で、俺が何度も作ってきた『お手軽とろけるカスタードプリン』。

 牛乳と卵と砂糖を絶妙な火加減で混ぜ合わせ、冷やし固めたシンプルなものだが、カラメルソースの甘辛い香りが部屋いっぱいに広がっていた。


 その時だった。


 ずしん。


「……ん?」


 最深部へ続く重厚な黒銀の大扉の外から、何かが地響きを立てるような重い足音が聞こえてきた。


「ひゃっ!? パパ、なにか大きな魔物が来たぞ……!?」


「ルチア、俺の後ろに」


 俺はとっさにルチアを背中に隠し、腰のナイフに手を伸ばした。


 ここは人類未到達のS級ダンジョン最深部。いくらルチアが魔王だとしても、外から狂暴な高ランク魔物が雪崩れ込んでくる可能性はゼロではない。


 ギィィィィィ……。


 重い扉が、ゆっくりと押し開かれる。

 渦巻く暗闇の向こうから現れたのは──


「はぁ……はぁ……つ、着いた……! ここが、S級ダンジョンの最深部……ラスボス部屋……っ!」  


 巨大なモンスター……ではなかった。  


 汗だくになりながら立ち尽くしていたのは、背中に自分の身長の倍以上はある巨大な撮影機材や通信用パラボラアンテナを何重にも背負い、両手にも重そうなアルミケースを抱えた、一人の若い女性だった。


 黒髪をポニーテールに結び、眼鏡をかけた、20歳そこそこに見える美女。

 しかし、その目は尋常ではない疲労と、異常な執念の光を宿している。


「あの……どちら様ですか? ここ、S級ダンジョンの最深部なんですけど……」


 俺が困惑しながら尋ねると、彼女は力尽きたように膝から崩れ落ちた。


 同時に、背負っていた機材が倒れる。盛大な金属音が響き渡った。


「……た、助けて……ご飯……温かい、ご飯を……くだ、さい……」


 ガクッと頭を垂れ、ピクリとも動かなくなるポニーテールのお姉さん。


「……えぇぇぇぇ……!?」


 ◇


「ふぅ……生き返る……! 世界にはこんなに美味しい温かいものが存在したんですね……っ!」


 十分後。


 先ほど出来上がったばかりの『特製とろけるプリン』と、熱い紅茶を口にしたポニーテールのお姉さん──白雪葵は、涙目になりながら震えていた。


「うむ! ぷりんは最高なのだ! ぷにぷにしてて、甘くて、お口の中でとろけるのだぁー!」


 隣ではルチアがスプーンを握りしめ、ほっぺたを落とさんばかりの笑顔でプリンを頬張っている。


「白雪さん……でしたっけ。大丈夫ですか?」

「はい……! 浅倉さん、本当にありがとうございます。ここ数日、栄養ドリンクとカロリーブロックしか口にしていなかったので、五臓六腑に染み渡ります……!」


 白雪さんはメガネをクイッと押し上げ、深々と頭を下げた。


 話を聞くと、彼女は大手映像配信ギルドに所属していた天才配信プロデューサー兼映像エンジニアだったらしい。

 しかし、その有能すぎる実績を嫉妬深い上司に横取りされ、さらに「お前の機材知識は時代遅れだ」と理不尽な言いがかりをつけられて、数日前にギルドを追放されたのだという。


 そんな時、SNSで切り抜き動画として流れてきた俺たちの配信を目にしたらしい。


「最初は同接数千人くらいの小さな配信でした。でも……私は一目で気づいたんです」


 彼女の瞳に、ギラリとプロの情熱が宿った。


「このコンテンツには、本物の『光』がある! 殺伐としたダンジョン業界で、手料理と愛だけで幼女魔王の心を解かす……こんなに心温まる映像、絶対に世界が必要としている! ……なのに!!」


 白雪さんは、バシッとテーブルを叩いた。


「画質が粗すぎる!! 音質もペラペラ!! カメラアングルも最悪!! あのギルドの隠しカメラなんかで、浅倉さんと魔王様の尊い日常が汚されているのが許せなかったんです!!」

「は、はぁ……」


 ……意外と口悪いんだな。


「だから私、貯金をはたいて最高峰の4K魔導撮影機材と、超高速ダンジョン用通信アンテナを買い込んで、自力でここまで走ってきました!」


(自力でS級ダンジョンを機材担いで突破してきたのか、この人……!?)


 白雪さんは見た目のスレンダーさに反して、機材運搬で鍛え上げられた規格外のスタミナと根性の持ち主だったらしい。


「浅倉さん! 私をここで雇ってください!」

「えっ、雇う!?」

「はい! 私は料理も家事も壊滅的で、生活能力ゼロのダメ人間です! でも、配信の画質・音響・編集・SNSの広報・コメントのモデレートなら世界一の仕事をして見せます! 給料なんて要りません! ただ……浅倉さんの美味しいご飯を、毎日一緒に食べさせてくれればそれでいいです……っ!」


 切実な目で訴えてくる。


 その必死な姿に、俺はどこか自分と同じ『ブラックな環境で理不尽に虐げられてきた苦労人』の面影を感じていた。


「……ルチア、どう思う?」


 俺が尋ねると、ルチアはプリンのカラメルを舐めながら、白雪さんをジッと見つめた。


「むぅ……お姉ちゃん、パパのご飯を横取りしにきたのか?」

「と、とんでもない! 私は浅倉さんの料理の助手もしますし、魔王様のために最新のポータブルゲーム機や絵本も持ってきました!」


「な、なにぃ!? げーむと絵本とな!?……パパ! このお姉ちゃん、良い人なのだ! 魔王城に置くことを許可するぞ!」


 一瞬で買収されるルチアであった。


「……決まりだな。白雪さん、よろしくお願いします」

「はい! 任せてください!」


 白雪さんはパッと表情を明るくすると、即座に立ち上がり、背負ってきた巨大機材の組み立てを始めた。その手つきは恐ろしいほど無駄がなく、爆速だった。


「よしっ! Wi-Fi対応の魔導通信アンテナ設営完了! 超高画質4K自動追従ドローンカメラ起動! 音響ノイズキャンセラーセット!……タクミさん、いつでも行けます!」

「え、もうできたの!?」

「プロですから! さあタクミさん、魔王様! 新生『魔王ちゃんねる』の第1回・高画質公式配信を始めましょう!」


 彼女が指をパチンと鳴らすと、宙に浮いた球体状のドローンカメラが静かに起動し、俺たちを滑らかな映像で捉え始めた。


 ──そして。

 これまで粗い画像で「なんかジワジワ面白い配信がある」と口コミで噂されていたチャンネルの画面が、一瞬にして超高画質の4K映像へと切り替わった。


『急に4Kヌルヌルになってワロタw』

『ルチアちゃんの銀髪がツヤツヤで見えるんだが????天使か????』

『音質もヤバいwww』

『プロの仕事だろ、これ……誰が配信環境整えたんだ』

『てか、同接5,000人超えてる!』

『口コミで来てみたけど、画質神だしルチアちゃん可愛すぎる』


 白雪さんの手によって「本物の映像美」を手に入れたことで、口コミで集まり始めていた視聴者たちは完全に心を掴まれた。


「よし……浅倉さん、ルチア様! ここから焦らず、一人ひとりのファンを大切に『魔王ちゃんねる』を大きくしていきましょう!」


 一発の爆発的なバズではなく、確かな手応えとともに、俺たちの小さなチャンネルは着実に成長の階段を登り始めていた。

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