第3話 配信のコメントがすごいことになってる
「──喜んで!!」
即答した俺を見て、ルチアはぱちくりと目を丸くした。
「ほ、本当か……!? 我のパパになってくれるのか……!?」
「もちろんです。こんなに可愛くて素直な娘ができるなら、俺の方からお願いしたいくらいですよ。これからは毎日、美味しいご飯を作ってあげますからね」
そう言って頭を撫でてやると、ルチアは照れくさそうに「ふえぇ……」と顔を綻ばせ、ぎゅっと俺の腰に抱きついてきた。
天涯孤独で生きてきた俺と、親から引き継いだばかりで右も左も分からない幼女魔王・ルチア。
最難関ダンジョンの最深部で、思いがけず『疑似親子』の温かい家庭が誕生した瞬間だった。
……しかし。
この心温まる感動のドラマの裏で、インターネットが大変なことになっているとは、この時の俺は知る由もなかった。
◇
──同時刻。地上世界。
『おい、霧島ぁ! 配信画面はどうなった!? あの捨て駒のF級野郎、もう最深部で惨殺されたか!?』
『そろそろですよ、ギルド長。胸くそ悪いデスゲーム目当ての物好きが、50人ほど集まってます!』
ブラックギルド『黒蛇の牙』の事務所で──霧島と取り巻きの幹部たちは、酒を飲みながら高笑いしていた。
彼らが裏サイトで運営する違法デスゲーム配信『【閲覧注意】F級捨て駒探索者、S級ダンジョンでどこまで苦しんで死ぬか検証www』。
同接はわずか50人程度。アングラな悪趣味マニアだけが、人が死ぬ瞬間を心待ちに監視しているような底辺チャンネルだった。
しかし、メインモニターに映し出された映像を見た瞬間、霧島の手からビールグラスが落ちて床で割れた。
『あ……?』
画面に映っていたのは、血肉が飛び散る惨劇ではなかった。
ボロボロの探索者ジャケットを脱ぎ、白エプロンをつけた浅倉拓海が、コンロの前で優しく微笑んでいる姿。
そしてその横で、口のまわりにケチャップをたくさんつけて、涙目になりながら『ふわとろオムライス』をモグモグと頬張り──「お前、我のパパとなれ!」と甘えている超絶可憐な幼女の姿だった。
『な……何なんだこれはぁぁぁぁぁっ!?』
霧島の絶叫が事務所に響き渡る。
『ラスボスはどこ行った!? あの幼女は誰だ!? なんで最難関ダンジョンの最深部でオムライス食ってアットホームな家族ごっこ始めてんだよっ!!』
霧島たちの混乱を余所に、配信のコメント欄は恐ろしいスピードで加速し始めていた。
『え?????』
『待って、ここS級ダンジョン『奈落の底』の最深部だよね』
『ラスボス部屋でオムライス作って食わせてて草』
『てかラスボスが幼女なんだけど!?!?』
『なにこの天使??????』
『かわいい……守りたい、この笑顔……』
最初は数人の「なんだこれ」という書き込みだけだった。
しかし、不気味なデスゲーム配信を監視していた数少ない視聴者の中に、ネット掲示板のまとめ民やSNSの切り抜き職人が紛れていた。
『【速報】S級ダンジョンの生贄F級探索者、最深部で幼女魔王にオムライス作ってパパになる』
投稿された短い15秒の動画。画質は粗く、角度も悪い。
しかし、「オムライスを食べてボロボロ涙を流す可愛い幼女」と「優しく頭を撫でる主人公」のギャップは、ネットの海へじわじわと、けれど確実に浸透し始めた。
同接が50人から、100人、300人、500人へと少しずつ増えていく。
♢
「ふぅ……美味しかったのだぁ……!」
そんな地上の大騒動など知る由もないルチアは、お皿を綺麗に空にし、お腹をぽんぽんと叩いて満足そうに息をついていた。
「ルチア様、お口に合ってよかったです」
「ルチア『様』ではないぞ、パパ!」
ルチアは小さく口を尖らせ、俺の服の裾を引っ張った。
「パパなのだから、呼び捨てでよい! 我がわがままを言う時は『ルチア』と叱り、可愛い時は『ルチア』と撫でるのだ!」
「はは、分かったよ、ルチア。じゃあ、口のまわりにケチャップがついてるから拭こうな」
ポケットからハンカチを取り出し、ルチアの口元を優しく拭いてやる。
ルチアは気持ちよさそうに目を細め、「ふへへ……」と喉を鳴らす猫のように身体を寄せてきた。
(なんだ、この天国は……。ブラックギルドで命を削っていた日々が嘘みたいだ)
俺は心底思った。
もうドロドロした社会になんて戻りたくない。ここでこの子のご飯を作りながら、のんびり暮らせるならそれが一番の幸せだ。
しかしその時、胸元のボタン型隠しカメラから、ジジジ……と小さな通信音が聞こえた。
『おい、浅倉っ!! 聞こえてんのか、このクソ捨て駒がぁぁぁっ!!』
カメラに内蔵されていたスピーカーから、霧島のダミ声が爆音で響き渡った。
「うわっ……!?」
「ひゃあっ!? な、何だ急に!?」
ルチアが驚いて俺の陰に隠れる。俺は眉をひそめ、胸元のカメラを取り外して手に持った。
「……ギルド長ですか。何の用です?」
『何の用だじゃねえよ! お前、何勝手にラスボスと仲良くなってオムライスなんて食わせてんだ、バカ野郎! さっさとその幼女を殺すか、無残に殺されて叫べ! 俺たちのビジネスを邪魔する気か!!』
カメラの向こうでブチ切れる霧島。
その身勝手極まりない言い分に、俺の心の中に冷たい怒りが静かに灯った。
画面の隅の小さなカウンターを見ると、同接数はいつの間にか「800人」を超えていた。
最初は悪趣味な見物人だったコメント欄も、流れが変わってきている。
『うわ、元上司?』
『デスゲーム配信の主催者かよ』
『ルチアちゃんを脅かすな!』
「ビジネス、ですか」
俺はカメラのレンズをじっと見つめ、静かな、しかしはっきりとした声で告げた。
「俺を罠に嵌めて、生贄としてここに放り込んだこと。死に様を見せ物にして金を稼ごうとしたこと。……全部、配信に乗って世界中に流れてますよ、霧島さん」
『なっ……!?』
「俺はもう、あなたのギルドの捨て駒じゃありません。20年間生きてきて、今ここで初めて『自分のやりたいこと』を見つけました」
俺はルチアの小さな手をぎゅっと握りしめた。
ルチアも不安そうに、でも力強く握り返してくれる。
「俺はこれから、ここで娘のパパとして生きていきます。『黒蛇の牙』には二度と戻りません。退職届は、この配信をもって代えさせていただきます」
『ふ、ふざけるな! 魔導契約の呪印があるんだぞ! 契約違反で心臓を止めて死なせてやる──』
「あ、その呪印なら」
俺は自分の腕を見た。
そこにあった黒い呪印は、ルチアの圧倒的な魔王の魔気に当てられた時点で、とうの昔に綺麗さっぱり消滅していた。
「もう消えてますよ。……それじゃあ、さようなら」
ブツッ。
俺はカメラの通信機能を切り、配線を指で引きちぎった。
ただし──映像の配信機能だけは切らず、そのまま部屋の隅のテーブルの上に三脚代わりに固定して立てかけた。
「パパ……あの声、怖かったぞ……」
「ごめんな、ルチア。もう大丈夫だよ。誰もルチアを怖がらせたりさせないからね」
ルチアを抱き上げ、頭を撫でてやる。
「さて……ルチア、おやつの時間にプリンでも作ろうか?」
「ぷりん……!? ぷりんとは何だ!? 甘くてフワフワなのか!?」
「もっとプルプルで、甘くて最高に美味しいお菓子だよ」
「食べる! 我がパパの作るぷりん、食べるのだー!」
嬉しそうにバンザイするルチア。
カメラの向こうでは、同接数がついに「1,200人」を突破し、小さな熱狂が生まれ始めていた。
『退職宣言かっけええええええ!』
『てか次はプリン作るの!?』
『見る!! 絶対見る!!』
『チャンネル登録と高評価押した』
『頑張れ、パパ! ルチアちゃんを幸せにしてやってくれ!!』
爆発的ではない。しかし、確実に誰かの心に刺さる形で、俺たちの「第二の人生」は動き出したのだった。




