098 イイ女の定義
「……ユウゴ」
ミオが戸塚を見る。
「吉岡、教本店を見て回るのはわかる。だが、二人で同じ部屋に泊まるのは飛躍しすぎだ」
戸塚が強い口調で言った。
リカとアヤの顔から笑みが消え、皆が静かに成り行きを見守る。
「戸塚、君の気持ちはわかる。だが、決めるのはミオだ。君ではない」
「……それはそう」
戸塚は黙考したあと、「そうだな」と言った。
「俺がミオの代弁をするのは違う。でも、俺は飛躍しすぎだと思う。個人の意見だ」
「……ならいい」
ミオが頷く。
「で、ミオ、戸塚はああ言っているが、君はどうかな? 俺と同じ部屋でイチャイチャするのは! 大人気だよ? ユズもナナもスミレも星5レビューを書きそうなくらい満足していた!」
「吉岡さん、それは言わなくていいです……」
スミレが顔を真っ赤にして俯く。
「……興味はある」
それがミオの返事だった。
戸塚の顔が一瞬で真っ青に染まる。
「ミオ、冗談だよな……? ほら、今日は、ナナにも冗談を言ってたし……」
今にも泣きそうな声で、戸塚が尋ねた。
「……冗談じゃない」
戸塚は完全に固まった。
「これで合意! 交渉成立! 今日は夜まで新しい景色を眺め続けよう!」
一方、俺は声を弾ませる。
恋愛は弱肉強食なので、無慈悲ではあるが仕方ない。
誰かが惚れているからといって、俺が待つ理由にはならないのだ。
もちろん、交際・結婚しているなら話は別である。
「……待って。条件がある」
ミオが呟いた。
その顔は恥ずかしそうに赤く染まっている。
「条件? なんだい? この世界は契約を破ると神罰が下る! きっちり詰めておこう!」
「……条件は、ユズの時と同じ」
「ユズの時っていうと……」
俺は何食わぬ顔で佐伯を見た。
すると佐伯は、メガネをくいっと上げ、空気を読まずに解説した。
「大きく分けて三つの条件がありました。その1、性的な行為について、ユズさんが求めた場合に限って可能とする。その2、入浴ならびにベッドダイブの順番について、ユズさんを先とする。その3、ユズさんが後から『ダメ』と言った行為も禁止する。なお、厳密には一緒の部屋に泊まること自体も条件に含まれていました」
リカが「よく覚えているわね」と苦笑する。
「……お風呂とベッドのことは忘れていた。でも、それも条件に加える」
「いいだろう! エッチな行為はミオが求めた場合に限る! お風呂とベッドはミオが先! 後からミオが『ダメ』と言った行為も禁止だ! ただし、同じベッドで寝ることは禁止しないでもらいたい!」
「……それは約束する。ベッドは同じでもいい」
戸塚が「ミオ……」と呟く。
その顔には、安堵と絶望が混ざっていた。
「ならば契約成立だ! いや、待てよ! 念のために確認しておこう! ミオと戸塚は交際していないよな!? 俺は既婚者と交際中の女性には手を出さないことにしている!」
「……大丈夫。ユウゴとはただの友達」
ミオは普通に答えたが、「ただの友達」は戸塚にとって痛い言葉だった。
「なら問題なし!」
「吉岡くん、私からも確認していいですか?」
「どうしたんだい? 佐伯さん!」
「既婚者に手を出さないのはわかります。ですが、交際中の女性も対象外とするのですか?」
「佐伯、何を言っているんだ?」と相良が首をかしげた。
「もしかして、佐伯先輩は他人の恋人を奪うタイプっすか!?」
早川がハイテンションで割り込む。
しかし、テーブルの下でアヤに蹴られたようで、「痛ッ!」と言って黙った。
「早川くん、私はそういうタイプではありません。しかし、吉岡くんの場合、結婚していない女性なら、交際の有無は関係ないものと私は考えていました。なぜなら、吉岡くんは倫理を軽視し、ルールを重視する傾向が著しく強いからです。既婚者は民法上の問題が生じるため、ルール違反になります」
何人かが「なるほど」と納得した。
「その認識は間違っていない! しかし佐伯さん、質問について詳しく回答したいところだが、今はミオと大事な契約の話をしている! なので、その話はまた今度に――」
「……契約は成立済み。佐伯の質問に対する回答、私も知りたい」
ミオが俺を見つめる。
俺はすかさず「ならば答えよう!」と右手の人差し指を立てた。
「佐伯さん、俺が口説く対象となる女性に使うお決まりのワードはご存じだよね?」
「はい。『イイ女』です」
「大正解! その『イイ女』の定義だが、俺は二段階で構成している! 一つ目は外見だ! これは言わば足切り、ボーダーライン、最低基準である!」
「初手外見! 吉岡先輩、堂々と酷いこと言ってますよ!」
早川が吹き出す。
佐伯は真顔で頷いていた。
「早川、たしかに酷く聞こえるかもしれない! しかし、これは大事なことだ! 俺は『内面がよければ外見は気にしない』なんて言わない! 外見と内面の両方を評価して、初めて本当の『イイ女』が完成する!」
「では、定義の二段階目は内面ということですね」
「いかにも! さすがは佐伯さんだ! 話が早い!」
「吉岡くん、そうすると矛盾が生じるわね」
「どういうことだい? リカ!」
「私、吉岡くんと初めて話したときのことを覚えているのよ。あなたの第一声は『うわっ! すげーイイ女! お姉さんの名前は?』だったわ。その時は内面を知らないでしょ? なのに『イイ女』と言っているわ」
リカが笑いながら指摘した。
「素晴らしい着眼点だ! その通り! その時点では、リカが本当にイイ女かわからない! ただし、外見上はイイ女だ! 言わば仮免といったところだな! だが、『君の外見はイイ女だ!』なんて言い方は無粋だし語呂も悪い! だから、口に出す時は内面の評価前でも『イイ女』としか言わない!」
佐伯は真顔で「なるほど」と納得している。
「さて、佐伯さん、前提条件となる『イイ女』の定義はここまでにしよう! 次は回答編だ! なぜ俺は交際中の女性を対象から除外するのか!? その理由は簡単だ! 交際中の女性がなびいた場合、その時点でイイ女ではなくなるからである!」
「どういう意味ですか?」
「ミオ……いや、アヤにしよう! アヤと早川が交際していたと仮定しよう!」
「していないけどね」とアヤが言い、早川が「仮定ですってば!」と言いつつ落ち込む。
「そんな時に、俺がアヤを口説き、アヤが承諾したとしよう! つまり、この仮定におけるアヤは、早川という恋人がいながら俺になびいている状態だ! そんな尻軽な女、イイ女と言えるか? NO! 言えない! よって、交際中の女は除外する!」
「イイ女の条件になっている内面審査で落ちるわけですね」
相良が「真面目な顔で何を話してるんだ……」と困惑する。
「大正解だ、佐伯さん!」
「自分は複数の女性に手を出すのに、相手がそれをすることを禁じるのは吉岡くんらしいわね」
リカが笑いながら腕を組んだ。
「……相手のことは考えないのか」
口を開いたのは戸塚だ。
「相手?」
「相手の女性や、その女性に好意を抱いている相手のことだ。吉岡の判断基準は、全て吉岡中心だと思う」
「そりゃそうだ! 自覚しているが、俺は自己中だ! すべて自分中心で考えている! もちろん俺なりに思いやりの精神は持っている! しかし、優先順位は自分が一番だ! 自分のために、相手にも笑顔になってもらう! ああ、そうさ、俺はクソ野郎だ! 否定はしない! 事実だ!」
俺は芝居がかった口調で言ったあと、ふいに真顔になった。
「ちなみに、相手の女性のことは考えている。俺が考えていないのは、その女性に好意を抱いている相手――つまり、ミオにおける君のような男の気持ちだ。そこまで考えていたら、何もできなくなる。先に惚れた者がいるから控えろなんてまっぴらごめんだ。恋愛は弱肉強食。早い者勝ちだ。リスクを恐れて立ち止まる者に、愛の女神は微笑まない」
「……俺は、待っているだけだった」
「……待たれるのは、嫌じゃない。でも、私も待つ側」
ミオが呟く。
「俺が待たなければ、何か違っていたのか」
戸塚がミオを見つめる。
「……わからない」
それがミオの返事だった。
「戸塚、君が俺をどう思っているかは不明だが、俺は君のことを少なくとも嫌ってはいない。好きかどうかは不明だが、悪い印象は抱いていない。しかしながら、俺がハーレムランドを建国するにあたって、君を傷つける必要があるなら、俺は躊躇なく君を傷つける。そこで躊躇できる人間なら、そもそもハーレムランド計画など考えない」
「……そうか」
戸塚はそれ以上、何も言わなかった。
場が沈黙に包まれ、息苦しさを覚えるほどの重い空気が漂う。
そんな中、一人の男が空気を変えた。
「とても参考になりました。ありがとうございます、吉岡くん。私からの質問は以上です」
佐伯だ。
普段と変わらぬ調子で言ってのけた。
「おう! それは何よりだ! よーし、ミオ、今度こそデートの時間だ!」
「……わかった」
俺とミオが立ち上がる。
「デートが終わったら、お部屋でイチャイチャね!」
「……イチャイチャするかは、まだ不明」
「では、イチャイチャの定義について話そう!」
「イチャイチャの定義ですか。興味深いですね。私も同行してよろしいでしょうか」
佐伯が立ち上がろうとすると、相良が慌てて「よせ!」と止めた。




